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      <title>FA-ITの知恵の交差点：FA-IT-Research</title>
      <link>http://www.fa-it-research.com/</link>
      <description>FA-IT-Researchでは、製造業の現場のキーワードである『見える化』、そして、
そのアキレス腱となる『FA-IT交差点』にスポットを当て、皆様との議論の絆、
知恵の輪を広げていきたいと思います。</description>
      <language>ja</language>
      <copyright>Copyright 2010</copyright>
      <lastBuildDate>Mon, 15 Mar 2010 12:00:00 +0900</lastBuildDate>
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         <title>「アジアの共生」を導く日本の底力とは？（続）</title>
         <description><![CDATA[（前回３月８日更新のブログからつづく） <br><br>

<strong>ⅲ）</strong>　今井賢一氏の記述を続けます―――；
 “こうした中国のダイナミズムの勃興を地政学的視座で眺めると、<strong>世界の中心都市としての‘東京の機能’を再評価すべきである。</strong>日本における東京一極集中の弊害は、過去の遅れた部分、死滅した部分であり、<strong>現在の危機下で新たな見方をして、実り多き部分、未来を孕み生き生きした部分に注目したい。”</strong>
さらに、<strong>“多様な『技術・文化変換装置』としての東京のもつ優位性である。</strong>つまり、世界のあらゆるハード・ソフトの技術と文化を吸収し、修正し、複製を越えて再創造して、何か違うものに変換して再び世界に戻す能力にかけては、東京にかなう都市は存在しないのではなかろうか。”ここで重要とされるのは、“そうした技術・文化の変換作業が、<strong>エリートの設計者や技術者だけではなく、町の熟練工や職人、また「オタク」とよばれる若者、そして、高齢者の経験知などの雑多で多様な能力に支えられていることである。”
シュンペータは、“資本主義は本来、共生するはずの職人階層まで追放してしまった。”と嘆いたが、日本には『草の根』的な力を残していることが強みである。</strong>
もちろん東京で夢破れた人々、「既得権の暴力」で仕事を失った人々など、「空しい」部分、「死滅した」部分にも目を向ける必要がある。そこは政治の責任において、それらの人々を救う手段を整備すべきである。
同時に、<strong>東京と地方をつなぎ彼らのために仕事をつくっている『草の根』的な社会的企業家達が増加していることも注目したい。</strong>
今井先生もこの種の財団・研究所の活動に関わっておられるとのことで、<strong>“彼らの「底力」に希望を見出すことが多い。”</strong>とされている。
“この様な多様な観点を含めて『技術・文化変換装置』を日本の真の底力とするには、東京の奥に存在する京都・奈良に『歴史に培われた本物』があると云う自信を取り戻すべきであろう。”<strong> 『歴史に培われた本物』とは、枯山水の例でいえば、みずみずしさを感じさせるため、あえて水を抜いてしまうといった情報凝縮力である。</strong>そこにはデジタル情報の蓄積ではなしえない「礎石」のような力がある。重要なことは、<strong>そうした「引き算」の文化は日本独特ではなく、世界に通じる普遍性をもっていることだ。</strong>世界で最も注目されているデザイン会社米IDEOは、本質的なものを生かすには、ハイレベルな要素技術であってもあえて削ぎ落とす戦略をとっているのと、相通ずるところがある。東京中心の「技術・文化変換装置」は、現代性がもつ過剰な詰め込み、つまり<strong>‘足し算’の性質</strong>をもつ。そこに歴史に培われた<strong>‘引き算’の文化</strong>を加え、その両者の相互作用を基盤として、我々の未来をしなやかに創っていきたい。<br><br>

以上が、上記の日経・経済教室に掲載された、今井賢一氏の記述の要約であるが、私としては、なかなか含蓄のある記述に感じ入り、割愛するところが少なく、かなり原文を転載することになってしまった。<br><br>

以下に、<strong>私の所感として小文</strong>をまとめてみました。
今井先生から、東京一極集中の弊害が囁かれる中で、<strong>東京の機能を再評価する「技術・文化変換装置」論</strong>が出てきたのに対し、私は、現在の日本の経済活動が東京一極集中し、東京vs.地方の格差が拡大するとともに、さらに首都圏においても貧富の差が拡大する中で、 “東京の機能を再評価するとは？”どう云う事なのかと、疑問が出てきました。<br><br>

先々回；２月１５日のブログで、<strong>“従来のすべてを‘金’本位で評価する「産業資本主義」の行き詰まりを、｢カネ｣を越えた「知」の価値観を醸しだす‘人材’本位の「企業文化資本」へ切り替え移行しなければならない。”</strong>と、論議しましたが、この‘人材’を東京に集中するとは、企業に例えると、頭デッカチの本社を造るのと同じ様なことではないかと、早トチリし、前段の話とどう折り合いをつけるか、しばし悩みました。そこで考え、こう説明すると理解が得られると納得しました。<br><br>

；即ち‐‐<strong>「技術・文化変換装置」</strong>とは、あくまでも<strong>‘入れ物’ であり、謂わば「コトづくり」の仕掛けとしてのシステムのコトです。</strong>
<a href="http://www.fa-it-research.com/2007/08/post_10.html">参照；お勧め書籍：『ものコトづくり　製造業のイノベーション』</a>
その装置にINPUTされるのは多様な「知」をもった人々です。この変換装置の中で、個々の人がもつ「知」が相互触発して、新しい「知」が産まれ OUTPUTされるのです。その「知」を獲得した人々は夫々の地域（海外も含む）へもどり、その「知」を展開する。ここで得られる「知」は、インターネットや、コンピュータの無機質なデータの付き合わせで得られる知識とは異なり、<strong>‘志’をもった多様な人間同士の往来と接触によって創発される「本物の知恵」であると云う事です。</strong>東京は、日本独特の文化に根付き、規模的にも、歴史的にも、現在のグローバル地政学的見地からも、優れた<strong>「技術・文化変換装置」</strong>となり得ると云う事です。<br><br>

是非ともそうすべきだと今井先生は云われています。]]></description>
         <link>http://www.fa-it-research.com/2010/03/0315.html</link>
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                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">記事</category>
        
        
         <pubDate>Mon, 15 Mar 2010 12:00:00 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>「アジアの共生」を導く日本の底力とは？</title>
         <description><![CDATA[<a href="http://www.fa-it-research.com/2010/02/0215.html#01">去る２月１５日更新のブログ；『事例から学ぶ「企業文化資本」の勃興』で引用した記事；日本の電力会社連合がベトナム電力庁へ応札する‘原発事例’</a>が、ロシアに敗退したと、先月２月９日の新聞で報じられた。かくも“原発大国といわれる日本の企業連合”が脆いものかと、吃驚仰天した。しかも、当時、ベトナムのグエン・タン・ズン首相が、日本経団連との会合で、“原発大国である日本の企業連合に期待したい”と、技術力と運営、資金、人材育成の４点の協力を提示し、日本の‘総合力’に熱い視線を送っていたのである。そして、国を挙げて原子力外交に駆け回るフランスや韓国の動きに対し、後れを取っているとの一抹の懸念があると書かれていたものの、当時の話題にもなかったロシアの国営原子力企業「ロスアトム」が、受注をさらって行った。その記事で、ロシアは、ベトナムと中国との間で南シナ海の領有権を巡る交渉が難航している点に着目し、日仏韓と全く異なる手法でベトナムに急接近し、“原発と武器供与をパッケージにして提案した”とみられている。<br><br>

一方の日本の電力会社連合は、‘官民一体のオールジャパン体制’で臨んでいるにも拘わらず敗退し、“採算を度外視した安値提示と、政府の軍事協力など、何でもありだ。”と苛立っている。<br><br>

私は、軽率にも、今日なお、世界の軍事対立のはざまで翻弄されている事例を、<strong>『日本の製造業の「企業文化資本」の勃興』</strong>に供したことは、はなはだ不適切であったと反省します。これ程ではなくても、政府が関与し自国の産業を有利に海外へ展開する事例は、世界で横行していることは否めません。しかし、我々はこの様なその場限りの外交・政治的手法に一喜一憂せず、‘負けるが勝ち’とし、世界に本物で貢献できる技術と人材を養うことを怠りなく行いたいものだと思います。<br><br>

日本のものづくりは、アジアを中心とした新興国に対し、むしろ、<strong>『草の根』的な底力で、経済の共存共栄を図るべき</strong>と考えます。
下記に、この趣旨に合致する論説を引用し、考え方を進化させたいと思います。<br><br>

<strong>日経新聞【経済教室】２０１０年１月４日；《日本の活路　2010　危機の先へ　－１》
≪市場いかし再生の道拓け≫ [産業・文化の底力発揮]　　歴史と東京の強み、再評価
スタンフォード大学　名誉教授　今井　賢一氏</strong>

＜ポイント＞　
<strong>ⅰ）　悲観に堕さず、しなやかに未来の展望描け
ⅱ）　貧困市場や中国のダイナミズム吸収を
ⅲ）　東京は技術・文化の変換能力で追従許さず</strong><br><br>

<strong>ⅰ）</strong>　新春を迎え、日本経済にとっては、まさに「失われた２０年」であり、崩壊や亡国の兆しの論調をしばしば耳にする。しかし<strong>「崩壊」は虚飾と偽善を削ぎ落とし、矛盾との対立を鮮明する動的な緊張の中で、次の展望を拓く決断的知識が生み出される。この動的な過程に注目しながら、今こそ日本の産業と文化のもつ「底力」を再考し、しなやかに未来の展望描きたい。</strong><br><br>

<strong>ⅱ）</strong>　現在の日本にとって一番大事なのは、内向き経済を脱し、どう世界経済と関わるかである。<strong>惹起するグローバル市場のダイナミズムと一体化し、生き生きとした部分とネットワークを組んでいくことである。</strong>
世界には国や地域間で所得格差による人口階層が存在し、開放経済の下では、各階層の賃金が均等化しようとする圧力が働き、各国の経済規模も<strong>ピラミッド型の相似形BOP（＝ボトム・オブ・ピラミッド）</strong>になろうとする。<strong>所得格差を真に縮小するには、各層の底辺にあるBOP市場でのイノベーションが最重要課題である。</strong>今、その人口の多い貧困市場にも未来を孕む部分が生まれている。
シュンペーター学派を引き継いだ米・ニューヨ－ク大学のI・カズナー名誉教授は、<strong>“市場とは「発見を生み出すダイナミックな過程」”</strong> であると定義し、そのダイナミズムを実現していく最も重要な機能として企業者の「気づき」を強調している。<strong>今まさに必要なのは、この「気づきに基づく状況に適合したイノベーション」である。</strong>
<strong>日本が重点的に取り組むべきは、環境問題を通じての技術の協力関係である。</strong>その相手は、目覚める中間層のBOPである。特に中国は、開放経済の進展によるダイナミズムが活発になっている。その中心とみなされる<strong>「朱江デルタ」</strong>地域は、地政学的にみてもトップレベルの港湾・空港をもち、アジア情報ネットワークの拠点としても、有望である。
（以下、次回３月１５日更新へ続く）]]></description>
         <link>http://www.fa-it-research.com/2010/03/0308.html</link>
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                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">記事</category>
        
        
         <pubDate>Mon, 08 Mar 2010 12:00:00 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>イノベーションとは、後から「あれがそうだったのか」と気づくもの </title>
         <description><![CDATA[<a href="http://business.nikkeibp.co.jp/article/manage/20100127/212449/"target="_blank">【常盤文克の「新・日本型経営を探る」】
イノベーションとは、後から「あれがそうだったのか」と気づくもの</a><br><br>

近頃、「イノベーション」という言葉を目にする、耳にする機会が多くなりました。リーマンショック後の閉塞感を打ち破って経済に革新を起こしたい──そんな気持ちの表れなのかもしれませんが、どうも言葉だけが一人歩きしているように思えてなりません。国や企業がイノベーションの重要性をいくら叫んでも、大きなイノベーションを起こすことは容易ではありません。しかし、イノベーションにつながるような小さな芽は、研究や生産の現場に、また顧客と市場の接点にたくさんあります。そこで問題は、これらの芽をどう育て、どうつないで、イノベーションという花を咲かせるかです。 
]]></description>
         <link>http://www.fa-it-research.com/2010/02/post0222.html</link>
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                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">お勧めの記事</category>
        
        
         <pubDate>Mon, 22 Feb 2010 12:00:00 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>「アジアの共生」の肝は人づくりの連鎖と循環</title>
         <description><![CDATA[<a href="http://www.fa-it-research.com/2010/02/0215.html">前回ブログ；事例から学ぶ「企業文化資本」の勃興</a>の結語として、<strong>“日本流を世界で受け入れられるためには、様々な限界を内包していると見なければならない。２１世紀は「知恵」の時代と云われる。この観点から、大きな視野でレビューすれば、新しく進む道が見えてくる”</strong>と結語した。即ち、ここで云う観点とは、企業の人材が具える「知恵」を、グローバルな舞台で、如何に磨き、活用し、「企業文化資本」として競争力を高める経営サイクルに乗せ得るかどうかに懸かっている。前回掲げた事例から多くのヒントを得ることが出来ると思われる。<br><br>

そして、事業戦略の策定に当たっては、<strong>５Ｗ１Ｈ（What or Whoから始まるWhere,When,Which,How）</strong>で計画を練り、着実に推進しなければならない。従来の資本主義経営では、‘Who’は５Wの計画の具体化の段階で決められ、後位に位置付けられていたが、これからの「企業文化資本」の時代の事業戦略は、人材（Who）と、何の事業（What）の何れかを、第一位、二位で策定しなければならない。<br><br>

しかし、このWhat or Whoの決定は、企業固有の選択であるため、これ以上の言及はさておき、次の‘Where’が、‘地の利’としてどこから切り込んでいくかが、経営として重要なランクにある。これまでの論説とか記事から既に自明と思われるが、<strong>海外ユーザ、日本メーカ両方からWin-Winを期待されるのは、やはり「アジアとの共生」である。</strong><br><br>

そこで、<strong><u>朝日新聞　１月４日：社説</u>  [アジアとの共生]　《手携え人づくりの大循環を》</strong>
の記事を引用し、以下に、[アジアとの共生]　のあり方を考えたい。
幕を開けた２０１０年代は、世界的な構造変化が加速する。経済の分野では、米国一極集中から多極化へ、と云ううねりが起った。米国の過剰消費に世界中がもたれ掛ればなんとかなる時代は終わった。世界大恐慌以来の経済危機を克服する上で、協調は不可欠ではあるが、同時に各国が内需を振興し、自立的な発展を進めることが前提となる。特に、輸出と貯蓄にいそしんできたアジアなどの新興国が<strong>“豊かでエコで安心・安全な社会”</strong>をどう築くか。世界の安全と調和はそこにある。<br><br>

一方、日本経済は生き残りをかけて、アジアへの融合が求められている。アジアの需要を、ただ取り込むという発想ではなく、近隣諸国の豊かな社会づくりに寄与し、結果として生れる市場の果実を得るようにしなければならない。すなわち、たんに商品やサービスを売るのではなく、現地に溶け込んだ商品・販路づくりや人づくりが欠かせない。現地の発展に日本のどんな資源が活かせるか、志を高く持ち、考え抜く人材を一人でも多く育てることが必要である。<br><br>

すでに、多くの企業がアジア向け製品開発に走りだしているが、求められているのは必ずしも最先端の技術ではなく、むしろ蓄積されたものを適切に組み合わせる、『あり合わせ力』が問われている。例えば、日本の大手電機メーカの研究所には、韓国メーカなどが“すぐ製品化したい”と思う成果がたくさん蓄積されていると云う。従って、<strong>日本の産業は、持てる蓄積をアジアや世界の目線で認識し直すことが大切である。</strong><br><br>

この発想転換の勘どころの例を挙げれば、
<u>０１）「枯れた技術の水平思考」</u>
任天堂のゲームづくりを率いる宮本専務の言を借りれば、成功の秘訣は、社員の頭脳に、失敗を含めゲームづくりの経験と知識が詰まっている。世の変化に応じて過去の蓄積から使える要素を引き出し、組み合わせて成功を収めてきたのだ、と云う。<br><br>

<u>０２）需要と供給の微妙な食い違いへの「気づき」</u>
米IBMはコンピュータを学術計算に使うという固定観念にとらわれず、事務処理に使うことを思いつき、巨大企業になった。とかくイノベーションには、発明が欠かせないと思われがちであるが、視野を広げて観ることにより、需要と供給の微妙な食い違いがあることを、いち早く「気づき」、転換を図ったことで、大成功がもたらされた。<br><br>

<u>０３）新たな光を当ててみるべきものは企業だけではない</u>
日本の地域に眠る「緑」、「水」、「海」などの自然の幸、独自の伝統文化や安全な社会といった<strong>ソフトパワーにも再評価を。</strong><br><br>

等など、孫子の兵法に学ぶまでもなく、顧客と市場、社会を知り、自分を知ることこそが王道である。<strong>日本の再出発には、持てる資産を自覚する『ニッポン総棚卸』</strong>が求められる。<br><br>

企業でも地域でも、人材が鍵を握っている。アジアが必要とする資源の情報を吸い上げる人、日本の資源で役立ちそうなものを提案する人などを連携させることで、人を養成し、アジアに大事なお客さん、かけがえのないパートナーがいると云う関係を網の目の様に広げていくことである。<br><br>

日本の人材がアジアに出るだけではいけない。日本もアジアに開かれた社会に脱皮する必要がある。そして、<strong>アジアの人々と手を携え、大きな人づくりの連鎖と循環を生み出し、共生と新たな成長への道を切り拓きたい。</strong>]]></description>
         <link>http://www.fa-it-research.com/2010/02/0222.html</link>
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                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">記事</category>
        
        
         <pubDate>Mon, 22 Feb 2010 12:00:00 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>「企業文化資本」の勃興と「産業資本」の低下</title>
         <description><![CDATA[<a href="http://cmad.nikkeibp.co.jp/?4_60126_482632_118/"target="_blank"">【立田博司のニッポンの本流と奔流】
「企業文化資本」の勃興と「産業資本」の低下　ハイエクvsケインズの経済論争が新たなステージに</a><br><br>

21世紀における価値観の変化や環境の大きな変化の潮流に対する認識を深めながら、資本主義がどのようにあるべきなのかを考えていくことにします。これは、企業の経営にとってだけではなく、個人の人生や働き方、また社会・国のあり方にも関わるテーマなので、自分のこととして真剣に捉えていただければと思います。<br><br>

そして、経済の価値観の歴史認識から現代、未来へと、下記項目で解き明かされています。
<strong>モノに対する限界的な飽和
人間がITに取って代わられる
21世紀は「知恵」の時代
意識せざるを得ない「有限」の成長
経済の枠を超えた価値が求められる
資本主義の概念を見直す
なぜハイエクが脚光を浴びるのか</strong>
]]></description>
         <link>http://www.fa-it-research.com/2010/02/post0215.html</link>
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                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">お勧めの記事</category>
        
        
         <pubDate>Mon, 15 Feb 2010 12:00:00 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>事例から学ぶ「企業文化資本」の勃興</title>
         <description><![CDATA[今年の正月あけの新聞などの論説では、“２１世紀の資本主義は、これまでの<strong>「全てをカネで換算」する資本主義</strong>の行き詰まりを修正し、これからは、<strong>「本物の価値」「目に見えない価値」という「カネ」を越えた価値観を付加してバランスを取ることにより、資本主義を進化</strong>させなければならない。いよいよ、日本の産業界はアジアに出て、この「資本主義の進化」を主導し、アジア経済圏のインフラ力を高める中核的存在とならなければならない。<strong>そのためには、‘日本本来の良さ’を認識し、それを広めるグローバル人材の育成が欠かせない。</strong>”とする論調で賑わった。
これらの論調を総括し、分りやすくまとめられた解説記事を見つけた。<br><br>

<a href="http://www.fa-it-research.com/2010/02/post0215.html">（参照）お勧め記事；
立田博司のニッポンの本流と奔流；
１０年１月１２日 　『「企業文化資本」の勃興と「産業資本」の低下』</a>
この記事は、『お勧め記事』に掲載したので、この内容の言及は省略し、これ以外の正月あけの関連記事を借用し、<strong>具体的な事例の要約とポイント（要諦、注目すべき事柄）</strong>を以下に記載する。<br><br>

<u>０１）日経　１月３日：ニッポン復活の１０年　②</u><br><br>

<strong>《人材ハブ　へ若者磨く》</strong>

<strong>菱刈事例の要約</strong>；鹿児島県伊佐市にある菱刈鉱山〈住友金属鉱山保有の金鉱山〉、日本有数の商業鉱山ではあるが、世界的に資源争奪が激化し、同社も海外権益を増やそうとしている。だが、資源メジャーの様に資金力で技術者を集めることはできない。そこで考えたのが、<strong>「菱刈は人づくりの場として２０年間使う」戦略とした。</strong>菱刈を延命させ、世界に通用する日本流の技を育てる。技術者の卵は１０人。英語、スペイン語をたたき込み海外へ送り出す。すでにアラスカの鉱山などで卒業生が腕を振っている。
<strong>ポイント</strong>；日本の強みは教育にある。企業も技術伝承や人材育成に手間を惜しまない。しかし、近年、日本からは傑出した起業家の輩出が途絶えているが、それは必ずしも人材不足を意味していない。<strong>日本の本来の競争力は、‘普通の人’の能力の高さにある。現場を知る有能な人材の輩出は、この日本流経営風土にある</strong>ことを自覚し、人材育成に臨むべきである。
日本は、人を育てる力をどう保ち、高めていくかが課題である。アジアは人材争奪戦を繰り広げており、人の力が国の競争力にかかわる時代となっており、国境の内側でしのぎを削る一国経済の時代は過去のものとなった。人口が減る日本はなおさらである。
世界と共に人材を育てる戦術が必要であり、その中心にある企業の「育てる力」は日本の強さである。我が国に不足していたものがあるとすれば、若者が世界と切磋琢磨する土壌が必要である。海外企業も日本の人材に目を付けている。<strong>日本は、日本人のみならず、外国人も受け入れ育成し、その人材をグローバルに送り込み、循環させる「人材ハブ」となることを目指すべきである。</strong>
日本は良質な市場が大きいだけでなく、世界最高速の通信や交通などが簡単に手に入る極めて優れた環境にある。日本を起点に人材が世界に往来する――。そんな<strong>「人材ハブ」の回廊</strong>を開けないか。
世界に「日本人求む」と云わせたい。日本は、世界に人材を供給し、世界から人材を集める。そこで、新しい人材が生まれ、新しい発想で事業を興す。これから１０年、日本にそんな人材還流の足がかりができれば、人口が縮んでも、未来は縮まない。将に、<strong>菱刈金山の事例は、金本位制から人材本位制への移行の先駆けである。</strong><br><br>

<u>０２）日経　１月３日：ニッポン復活の１０年　④</u><br><br>

<strong>《インフラ力をアジアへ》</strong>

<strong>水処理事例の要約</strong>；神奈川県川崎市が３２年ぶりに上下水道の「拡張」に携わる。市内ではなく、<strong>南へ７０００km、豪州・ブルスペーン市ヘ、水道技術を輸出することになった。</strong>渇水に直面するブリスベーンはダムの貯水率はわずか２５％であった。新たな宅地開発に当たって決めたのが、日本が持つ循環型水システムである。日本製プラントを採用し、その運営ノウハウを川崎市が提供することになった。
“川崎市での経験から貢献できることがたくさんある。”昨年１１月、川崎市水道局工務部の２人のスタッフが現地に降り立った感想である。
・気候や住民の生活パターンを予測して取水と配水を無駄なく調節する。
・ダム湖周辺の緑地化などで、水質改善策。
・水道管の漏水を耳で聞き分ける４８人のプロが育っている。
等々、<strong>自治体はノウハウの固まりである。</strong>
<strong>ポイント</strong>； ２０２５年に１００兆円と云われる世界の水ビジネス、これまで、欧州の民間大手がプラント建設から運営まで請け負うのに、日本は海水淡水化技術など高い技術を持ちながら競り負けてきた。しかし、昨今では、<strong>官民が手を携える「チーム日本」は、北九州市は中国へ、大阪市はベトナムへと、他の自治体も動きだしている。</strong><br><br>

<strong><a name="01"></a>原発事例の要約</strong>；日本は過去１０年、自国内で原発をつくり続けてきた唯一の先進国である。原発大国日本が地震国で磨いた技術は安全の補強剤である。ところが海外事業となると、国を挙げて原子力外交に駆け回るフランスや韓国に後れを取っている。<strong>世界は原発の建設ラッシュ、将来構想分を含めれば、稼動中の４００基強が倍増する。</strong>
１２月、ベトナム首相が日本経団連との会合で、<strong>“原発大国である日本の企業連合に期待したい”</strong>と、原発導入を決めたばかりの同国は、<strong>技術力と運営、資金や人材育成まで、日本の総合力に熱い視線を送った。</strong>日本の企業連合に期待されているのだ。
<strong>ポイント</strong>；私の推察では、日本の原子力３社がお互いに競り合い、ベトナム首相は困惑しての発言とも見受けられる。日本メーカは過去、国内の電力会社を客先として競い合ってきたため、アジアの新興国相手のインフラ事業の対応には不慣れで、国内の延長で３社競り合って対応したのではないかと思われる。<strong>この問題は、電力以外も同じ見方がされる共通問題である。</strong>これからは新興国ユーザの立場に立って、新たな企業連合の仕組みを確立しなければならない。
<strong>東大教授の田中知氏が、「内向き志向を捨てて‘オール日本’で海外に貢献することが、国内の技術向上や人材育成つながる循環を生む。」とコメントされ、是非ともこれからの日本は、「企業文化資本」の時代に向け、人材中心を念頭にひと皮むけなければならない。</strong><br><br>

<strong>交通システム・他公共インフラ事例の要約</strong>；
<strong>日本の交通システムは、海岸線と山地の入り組む国土で、改善を積み重ねてきた運行実績がある。同じGNPを生むのに消費する交通エネルギー量は欧州の半分の実績を誇っており、先進国からも期待されている。</strong>日本の車輛メーカは、“車両納入と保守だけでなく、運航管理そのものへ乗り出したい”と、英企業と協力し最新システムの試験に入っている。
さらには、「青函トンネル」の実績を活かしたアジアと欧州をつなぐボスポラス海峡の海底トンネル、ベトナムの斜張橋、マレーシアのツインタワー等々の世界一の記録プジェクトの実績を活かしたインフラ力が評価されている。
<strong>ポイント</strong>；いつしか縁遠くなっていた世界一番の座を、インフラ事業が、国内でプロジェクトを成し遂げ、日本流が世界一を獲得していた。しかし、<strong>世界で受け入れられるためには、様々な限界を内包していると見なければならない。２１世紀は「知恵」の時代と云われる。この観点から、大きな視野でレビューすれば、新しく進む道が見えてくるのではなかろうか。</strong>]]></description>
         <link>http://www.fa-it-research.com/2010/02/0215.html</link>
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                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">記事</category>
        
        
         <pubDate>Mon, 15 Feb 2010 12:00:00 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>小澤征爾氏から学ぶ『新しい日本のよさ』</title>
         <description><![CDATA[新年早々、世界的指揮者の小澤征爾（７４）さんが、半年間の食道がん治療のため、今年６月までの国内外の指揮を前面キャンセルされる趣旨の記者会見をされた。その冒頭で、「昨年末に受けた人間ドックで見つかった。いろいろな人に迷惑をかけて申し訳ない。何とか半年以内に戻ってきたい」とＴＶで報道され、早期復帰への意欲を見せられた。<br><br>

小澤さんにとって、今年はウィーン国立歌劇場音楽監督として最後の年に当たり、６月末には共に退任する同歌劇場総裁のファアウエル・コンサートの指揮が予定されており、「それまでに何とか治して指揮したい。指揮が無理としても、客席には行くつもりである」と壮絶な意欲を見せられ感動しました。<br><br>

さらに、小澤さんは、ドイツ、イタリヤの主要歌劇場の音楽監督も歴任されていると聞き、なぜそこまで西洋音楽の本場で、東洋人の小澤さんが、これらの枢要な指揮を任されることになったのかと疑問が湧いてきた。氏がその疑問に答える様に、<strong>“それは日本の文化の良さなのだ。西洋の文化の良さに、きめ細やかな日本流を取り入れて演奏することにより、西洋の人々、世界の人々に感動を与えるのだ”</strong>と発言された。<br><br>

そう云えば、日本が開国される前の江戸時代に‘浮世絵’が西欧で、既にもてはやされ、ゴッホなども浮世絵にあこがれ、その真髄を取り入れようと、描いていた。その頃、日本ではどこでも見られる絵として、庶民が日常楽しむ独特な日本文化になっていた。<br><br>

日本の中に居て、‘日本の製造技術の良さ’を自慢しているだけでは、‘独善’の域を出ないのではないか？昨今、外国人が『日本の製造力』を評価してくれる発言が見られるが、それに有頂天にならず、<strong>小澤さんの様に、海外に住み込み、その国の良さを習得し、その中に‘日本の良さ’を織りなして、『新しい日本の良さ』を醸し出すことが求められる。</strong>]]></description>
         <link>http://www.fa-it-research.com/2010/02/0208.html</link>
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                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">記事</category>
        
        
         <pubDate>Mon, 08 Feb 2010 12:00:00 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>‘FAベンダー’が看過できない中小製造業の衰退</title>
         <description><![CDATA[前々回のブログ；<a href="http://www.fa-it-research.com/2009/11/1109.html">『モノだけに頼らない“新たな「日本流」”』</a>で、今後、日本のものづくりの進化の在り方を探ると、<strong>“「made by Japan」をグローバルに浸透させること”</strong> に帰結されることを述べました。<br><br>

そして、前回のブログで、<a href="http://www.fa-it-research.com/2009/11/1116.html">『‘ＦＡベンダー’のグローバルサービスとは？』</a>をテーマとして、日本の製造業がこの「made by Japan」を推し進めていくためには、これまで共に発展してきた‘FAベンダー’の在り方も大きく進化しなければならないと考えました。そこで、グローバル化を先進的に展開している製造企業<strong>『コマツ』社長の経営方針</strong>に関するインタービュの記事で、<strong>①グローバル市場戦略と、②グローバルものづくり戦略とグローバル人材の活用との連同</strong>が重要なポイントであると述べられていました。そして、更に重要なことは、日本のものづくりが‘made by Japan’で、復活を図るためには、国内でこれまで培ってきた様々な要素技術を国内で結集できることを継続的に強化しなければならない。その価値観の共有が欠かせないとして、　<strong>③日本の製造業の強さは中小を含めた総合力である</strong>と訴えられていました。<br><br>

そして、この様な経営方針の下で、展開される有望な製造企業をグローバルサポートする‘FAベンダー’の在り方について、ヒントになると思われる私見を、上記①、②を中心に、前回ブログで記載しました。<br><br>

そこで、前おきが長くなりましたが、前記の‘FAベンダー’の海外のサポート機能の進化のみならず、<strong>③に述べられている国内中小製造業を含めた総合力を強化する方法論</strong>について、次に掲載する０９年１０月１２日の日経記事を引用し、今回のブログを展開したいと思います。<br><br>

<u><strong>アマダ；板金加工全寮制で指導　／　≪中小企業の後継ぎ育成≫</strong></u>
板金加工機大手のアマダが、親の板金加工業を継ぐ若者の育成に乗り出した。板金加工企業の多くは零細規模の家族経営だが、国内市場は低迷傾向で、親や、同業他社から技術を見習う事業継承の流れは途切れがちだ。<br><br>

今年の４月に、アマダが開設した、資格取得も含め半年かけて板金加工の機械技術を学ぶ職業訓練コース、その狙いは、
<strong>①徒弟制度衰退で「親方」の肩代わり
②半年間の全寮制：１日７時間　８資格取得も含む
③悩み分かち合い、切磋琢磨</strong>
とある。<br><br>

第一期生は、親が板金加工業を営む１８～３３歳の７人が参加した。参加者は全寮制の下、寝食をともにしながらものづくり企業の後継社長を目指す。板金機械の扱い方や加工技術はもとより、工場管理、ビジネスマナーなど、３０の講座を学ぶ。<br><br>

講座は半年間の全寮制で、ピアスは禁止、朝は午前７時半までに起床、１日７時間の講義をみっちり受ける。クレーンやフォークリフトなど、８つの国家資格（免許）の取得も含まれており息つく暇もない。<br><br>

門限は午後１０時、寮に帰っても補習や復習が待っている。参加者の一人（２６歳）は、“会社の看板を背負っているだけに責任感が重く怠けていられない”とモチベーションも高い。アマダの能力開発部部門長は、“７人の同期生は、始めは寮の個室で過ごすことが多かったが、提出期限のあるリポートの作成や復習などで次第に互いに教え合う姿が目立つようになった。一つ屋根の下で過ごすことで、「従業員と力を合わせて会社を伸ばしていく経営者の資質作りにもつなげる」狙いがある。さらに、中小企業の後継ぎとしての悩みも分かち合いながら切磋琢磨できるのがこのスクールの特長である” と云う。この講座開設の背景には、従来、徒弟制度によって伝承されてきたものづくりが失われていることにある。家内工業の代表格である板金加工会社では、親の指導を仰いだり、同業他社に出向いて面倒を見てもらいながら技能を磨くのが一般的であったが、昨今では、就業意識や働き方の多様化から事業継承にとらわれない子供が増加している。三菱UFJリサーチ＆コンサルティングの０５年調査でも、後継者不足から廃業を検討すると回答した中小企業経営者は２５％にも及んでいる。父権が弱まり、子弟制度が敬遠される親子関係も変化しており、「技を見て盗め」、「五感で覚えろ」といった教育は通用しなくなった。<br><br>

この様に、<strong>国内の板金事業者の減少は機械を売るアマダにとって死活問題</strong>である。<strong>『アマダが“親方”として後継ぎを一人前に育て、安心して経営をバトンタッチしてもらう必要がある』</strong>と書かれていた。<br><br>

コレは、<strong>‘FAベンダー’としても、『国内の中小を含めた製造企業の総合力強化の方法論』として、他山の石として看過できないヒントである。</strong>]]></description>
         <link>http://www.fa-it-research.com/2009/12/1214.html</link>
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                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">記事</category>
        
        
         <pubDate>Mon, 14 Dec 2009 12:00:00 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>‘ＦＡベンダー’のグローバルサービスとは？</title>
         <description><![CDATA[前回のブログ；<strong>『モノだけに頼らない“新たな「日本流」”』</strong>の末尾で、三菱電機の<strong>「ＦＡコミュニケーションセンター（ＦＣＣ）」</strong>の在り方を、今一度再考し、実現することができれば、<strong>“日本の製造企業が生き残りをかけた「新たな日本流」への進化と、その遺伝子をグローバルに伝え、「made by Japan」を浸透させること”</strong> の手助けが、出来るのではないか？　そして、その展開を速やかに行えば、まだ間に合うのではないか？　と書きました。云うまでもありませんが、三菱のＦＣＣは一例として掲げたまでで、般化すると、<strong>日本の生産設備メーカや、ＦＡ機器メーカ・システムベンダー</strong>（以降、‘ＦＡベンダー’と略記）の今後の在り方です。<br><br>

これまでの‘ＦＡベンダー’は、日本の製造企業の発展と共に、厳しい顧客企業に教えられ、そのニーズをくみ取り、製品に反映してきたのです。これからのグローバル化でも、その絆を強くして、世界に立ち向かわなければなりません。これまでのFAベンダーのサポートサービスは国内主体でしたが、今、新たなグローバル化への脱皮が求められているのです。即ち、<strong>『これからの‘ＦＡベンダー’のグローバル・サポートサービスのあり方とは？』</strong>を考えてみたいと思います。<br><br>

最近の新聞等の報道で、「経済危機後、<strong>“ニッポンの競争力”</strong>は、日米欧市場の縮小と新興国市場の拡大、そして、政権交代に伴う政策変更と、日本企業の経営環境が大きく変わるなか、成長に向け競争力は維持できるのか、そのための方策はどうすべきなのか？」の企業トップのインタービュが目立ちます。今回は、コマツの例を引用し、（コメント）を試みます。<br><br>

<u>コマツ社長：野路　国夫氏のインタービュ；《技術革新の拠点は国内》</u>
<strong>①グローバル市場戦略</strong>
“建機の世界市場規模は、０７年度の水準に戻ったが、先進国は底が見えず、中国、インド、ブラジルなど新興国は前年比プラスに転じ、明暗が分かれおり、明らかに新興国主導の時代に入った。中国では５割高のハイブリッド機が日本より好調。長時間稼動で使われるため、燃費効率が良い方がペイするのだ。新興国向けは価格を一律に下げる発想はなく、他社が追いつけない最先端モデルを投入する戦略を貫く。”とあった。
（コメント）他社の記事にもあったが、従来の海外戦略は、国別にシリーズ機種を投入し、シェア・アップ狙いであったが、これからはグローバルに広く薄く、得意製品に的を絞る市場戦略が、新しい流れの様である。従って、‘ＦＡベンダー’は、この「グローバルに広く薄く」に注目し、グローバルサポート体制と内容を整える必要があるのではないかと思う。<br><br>

<strong>②ものづくり戦略と、グローバル人材の活用</strong>
“コマツは、‘日本企業’として雇用を創出していくという経営理念である。中核技術の開発、生産を担うマザー工場も海外に移転すれば‘日本企業’ではなくなる。中国で量産するハイブリッド機も基幹部品は国内から送り現地で組み立てる。国内で技術革新を続け、１０年かけてコストを半分にするのが経営であり、日本を研究開発の拠点とする。”と云う。
日本は雇用不安が高まり、同時に少子高齢化が進むなかでの対応は？に応えて、“アジアでの人材の積極活用は欠かせない。これまで、中国など海外工場は組み立て中心であったが、生産技術や工場管理、機械加工でも幹部社員を育てる必要がある。フィリピンでは４年間研修を受けた大卒を、世界の鉱山、・インフラ工事現場へ派遣している。人件費が安いからではなく、英語が堪能で海外での適応力も高く、日本人にはない熱意もある。
（コメント）ものづくりの基盤は日本に置く方針は、やはり製造業は不変である。従って、‘ＦＡベンダー’としても日本を核とした、グローバルサポートネットの再構築が求められ、海外サポートの‘人の質’が問われる。人材活用も管理、技術層へレベルを上げる必要がある。さらに顧客サポートの人材は、各国対応ではなく、フィリピン人の例（参照：<a href="http://www.fa-it-research.com/2009/10/1005.html">産業の「絹の道」．．．三菱のインドＦＡセンターの例</a>）の如く、適材適所でグローバル活用を行う必要がある。その育成法は、日本人は海外現地へ、外国人は日本へとローテションを行い、相互に<a href="http://www.fa-it-research.com/2009/10/1013.html#01">‘棲み込み’研修が有効</a>である。<br><br>

<strong>③日本の製造業の強さは中小を含めた総合力</strong>
“我が国の様に、製造の様々な要素技術を国内で結集出来るのは世界で日本とドイツくらいである。グローバル競争を勝ち抜くためにも中小の取引先をまもることが重要だ。”と、不透明な政策の転換の行方に加えて、産業界では調達先を絞り込む動きが気になると云う。
（コメント）‘ＦＡベンダー’は、過去、大手ユーザ、ベンダーヘの販売に目が行き勝ちであったが、今後は、中小ベンダーの海外進出も不可欠である。それを助けるグローバルサポートの在り方の再考も肝要である。]]></description>
         <link>http://www.fa-it-research.com/2009/11/1116.html</link>
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                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">記事</category>
        
        
         <pubDate>Mon, 16 Nov 2009 12:00:00 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>モノだけに頼らない“新たな「日本流」”</title>
         <description><![CDATA[去る１０月１９日から２３日、日経新聞に特集記事；
<strong>【危機からのニッポン再生】　≪大転換≫</strong>　　が連載された。
昨今、グローバル経済の真只中で、呻吟するニッポン。半世紀前、敗戦後の復興を遂げて以来、２１世紀初頭まで、ほぼ、続伸的な成長を遂げ、経済大国にまで登りつめた道筋を辿りつつ、“日本流”再生の道を探る記事でした。そこには、多くのヒントが見られ、興味を惹かれました。<br><br>

この記事を要約しますと、
「日本のモノづくり」は、敗戦で自信を喪失した日本人が誇りを取り戻した「拠り所」であり、<strong>今日でも「日本のモノづくり」への格別の思い入れがある。</strong>しかし、市場がグローバル化し技術がデジタル化した現代、モノだけで世界に感動を与えるのは難しい。<strong>「日本のモノづくり」をグロ－バル化するためには、“日本人自身”が世界に出て行き、従来の「made in Japan」中心から、「made by Japan」を世界で推し進め、モノづくりの価値観を示す時である。</strong><br><br>

政権交代で一段と厳しくなりそうな環境、労働規制。再びの円高。企業が国内でモノを作り、雇用を支える条件は、日増しに厳しくなっている。すでに多くの企業は、活路を求めて、生産の場を海外に移し始めている。<strong>課題は、“生産の場を海外に移した後も、国内で培った「日本流」の遺伝子を残せるかどうか”</strong>である。<br><br>

金融危機後の世界経済のキーワードは利益、スピードから、信頼、安全に変わりつつある。<strong>信頼を重んじる商習慣や、環境・省エネ技術</strong>である。戦後、日本が積み上げてきた経験を、<strong>『モノだけに頼らず実現できる新たな「日本流」』を見出すことができれば、それがニッポン再生の近道</strong>となる。と総括されています。<br><br>

以下に、日本のモノづくりが、１９４５年敗戦の復興を遂げ、それ以来、「made in Japan」に拘り続け、２１世紀の初頭まで、経済成長を続伸させながら、なぜ、現在の蹉跌に陥ったのか、私の体験も含めて振り返って、「made by Japan」へのイノベーションを考えたい。<br><br>

<u>１９４５～６０年頃：“もはや戦後ではない”への成長</u>
国産家庭電化製品の量産が立ち上がり、一般家庭への普及が始まった。その頃、皇太子（平成天皇）のご成婚の儀が行われ、私は、東京の下宿屋で家主が買ったばかりのＴＶで、見せてもらった記憶が鮮明にある。<br><br>

<u>１９６０年代：東京オリンピック（新幹線開業）～大阪万博開催</u>
６０年代初頭で、産業機械制御装置に半導体の採用が始まり、瞬く間に普及し、後半ではプロコン・ミニコンが出現し、制御システムが高度化し、重工業分野（鉄鋼、造船、石油化）へ巨大投資が盛んに行われた。私は入社早々この時期に、制御盤設計課に配属され、その渦中にいました。　
参照：<a href="http://www.fa-it-research.com/2008/09/0916.html">『三菱FA事業の“胎動期”（前編）』；０８０９１６更新</a>、<a href="http://www.fa-it-research.com/2008/09/0922.html">『三菱FA事業の“胎動期”（後編）』；０８０９２２更新</a><br><br>

<u>１９７０年代：第一次オイルショック（７３年）で景気・停滞と復活</u>
スーパーの売り場からトイレットペーパが消えた。そして、会社では帰休、新入社員の待命など、緊急対策が行われた。これを境に、設備投資分野は重工業分野の投資停滞～投資は減退し、７０年代後半からは加工組立産業（自動車など）へ投資分野が交代し大幅に続伸した。その影響で、制御機器は有接点リレーからＰＬＣヘの大転換が起きた。
参照：<a href="http://www.fa-it-research.com/2008/11/1117.html">『ＭＰＵが製造システムの進化を起爆した』；０８１１１７更新</a><br><br>

<u>１９８０年代：８５年「プラザ合意」で２４０→１６０円へ円高進行</u>
戦後の日本の製造業は、「made in Japan」で製品輸出による経済成長を続伸させてきたが、「プラザ合意」で、日本企業は戦略の変更を迫られ、大手製造メーカ；自動車メーカなどは米国へ生産シフトし、日本流改善活動を定着させ、業績を伸ばし米国での存在を確立した。その恩恵で、当時のコントローラ事業は、自動車メーカなどの海外設備用として国内販売で伸長を続け、大きな影響は受けませんでした。さらに円高により半導体部品は安くなり国内需要が拡大し調達が逼迫した。製作所内の製造部長からせっつかれて、居た堪れなくなった資材課長の‘Ｔ’さんが、リュックサックを背負い米国へ納期督促に出張し、出来立てのホヤホヤの部品を持ち帰られた事が、後々の語り草になりました。<br><br>

<u>１９９０年代：９５年金融バブルが弾け一時８０円切ったが持ち直す</u>
‘強い円’を背景に、日本企業でも米国の企業や不動産を買収する例も出た。一方、国内では工場閉鎖が相次ぎ、産業の空洞化が懸念されていたが、遂に９５年４月、一挙に８０円を切りパニックとなった。当時、私は名古屋製作所長でしたが、瞬く間に円は高騰し、生産は１／３に激減。帰休では対策不充分で、近隣のエレベータを生産する稲沢製作所へ社宅から通勤バスを仕立てて所員を応援に出し、その場しのぎをやった苦い経験が忘れられません。その後、幸いにも（？）米国の金融バブルの過剰消費に支えられ、９０年代後半からはおおむね１２０円前後に推移し、再び対米輸出は増加に転じた。この時期では、長期戦略としての「made by Japan」などの発想、思いも及びませんでした。<br><br>

<u>２００８年：１１月　金融危機勃発</u>
金融危機直前では、日本の輸出総額の１７％以上が米国向けとなっていたと云う。本年９月での円・ドル相場は９５円程度で推移しており、９５年に次ぐ円高の水準にある。輸出比率の高い製造企業にとっては大きな負担となる。モノの価格と性能を武器に輸出を増やす戦略は限界に達しつつある。<br><br>

１０年前に、我々、製造システム制御のベンダーとして、「made by Japan」の視点で何をなすべきかを発想しなかったのは悔やまれますが、今にして思えば、幸運にも、９５年金融バブルが弾ける直前の９１年、三菱電機・名古屋製作所の敷地内に、『ＦＡコミュニケーション・センター（ＦＣＣ）』が竣工し、オープンしたことです。<br><br>

当時を思い出すことは、営業部長の‘Ｋ’さんが、私の席へ “センターの名前を『ＦＣＣ』と決めてきたぞ！”と駆け込んで来られた時のことです。従来は、この様な製品展示する施設は、‘技術センター’でした。それを敢えて、‘コミュニケーション・センター’としたのです。一瞬、エッ！と、思いましたが、時間がたつにつれ、この命名は、“お客様と同じ目線で、お客様のためのＦＡのあり方を語り合う場所”であり、将に慧眼であったと、益々思うようになりました。そして、もし、この計画が２～３年遅れていたらＦＣＣは実現していなかったと思うと、誠に幸運でした。<br><br>

この『ＦＣＣ』の運営は、内外のお客様に好評で、このサテライトは順次、グローバルに設立されてきました。近年では、欧、米、英、中国、韓、台、アセアン諸国に１２か所に及び、つい先だって、インド・ムンバイ市に、<strong>『インド博物館長』清 好延さんのブログ目次‘出来事’</strong>で取り上げて頂きました様に、<a href="http://www.indosay.jp/4topic/1topic/92FAcenter.htm"target="_blank"">『三菱電機インドFAセンター開所式（2009.6.11）』</a>が行われ、現状では１３箇所のグローバルＦＣＣと名古屋中核ＦＣＣのグローバルサーポートネットワークが形成されています。<br><br>

ここで、今一度、このグローバル・ＦＣＣネットワークの在り方を模索し、<strong>「新たな日本流」の遺伝子を伝え、「made by Japan」をサポートすることが出来れば、まだ間に合うのではないか？</strong>　と思うのです。]]></description>
         <link>http://www.fa-it-research.com/2009/11/1109.html</link>
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                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">記事</category>
        
        
         <pubDate>Mon, 09 Nov 2009 12:00:00 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>日本人自身の『人間中心のイノベーション』</title>
         <description><![CDATA[前回のブログで述べましたように、アジアの<strong>‘産業の「絹の道」’</strong>で、経済帯の勃興の息吹が感じ取られ、従来の日本の対応の仕方から、<strong>日本自身が、如何に、‘イノベーション’するか？</strong>　に懸っています。即ち、現地へ臨む日本企業の姿勢として、現地ユーザの目線で、日本流の顧客対応の‘型’ から参入することが望ましいことを<a href="http://www.indosay.jp/4topic/1topic/92FAcenter.htm"target="_blank"">『インド博物館長』</a>に教えられました。さらに重要なことは、<strong>現地人スタッフに対し、日本流モノづくりの‘心’を移植し、ＦＡ伝道師として養成し、市場の持続的な安定成長へ ‘導く’</strong>ことが、日本の製造企業の使命なのです。<br><br>

現在のこのアジア地帯の経済発展の活力は、日本の経済成長の発端となった１９６０年代と類似していると云われています。従って、当時の日本では、どの様にして、ＦＡ伝道師が現われてきたかの実例として、<a href="http://www.fa-it-research.com/2009/10/1013.html#01">‘Ｉさん’の自分史</a>を掲げさせてもらいました。<br><br>

以上より、これからは日本人と、現地人が、ともに上記の『人間中心のイノベーション』を果たすことが求められ、これが成功すれば、この<a href="http://www.fa-it-research.com/2009/09/0928.html">‘産業の「絹の道」’で、日本が優位に</a>　が実現できる、と云うことです。<br><br>

しかしながら、現下の日本の膝もとでは、１９６０年代が発端となるような<strong>『人間中心のイノベーション』</strong>が起こし難い状況にあり、それを克服しなければなりません。以下に、それに関連する次の記事を掲げます。<br><br>

今後の日本が、グローバル経済の下で、経済活動を再興し、成長を遂げていくための対処法として、<strong>「競争的な創造的破壊」を果敢に行う必要性を強調する、【米カルフォルニア大・サンディエゴ校教授　星　岳雄氏】の記事：（日経新聞０９年８月２５日　≪日本創造会議≫　“破壊こそ経済活動の活力源”）</strong>がありました。<br><br>

この記事で、星教授は、<strong>「競争的な創造的破壊」を進めるための３つの提言</strong>がなされている。
①リスクを問わず、「競争」へのアレルギーをなくし全体底上げを
②「ゾンビ企業」には市場から退出してもらうべきだ
③９０年代の日本経済の低迷の教訓、今こそ正しく学べ
この記事の論旨は、日本人は、<strong>「競争的な創造的破壊」を起こす『人間中心のイノベーション』</strong>を旺盛にしなければならない。しかし、その先兵となる日本人の内向き安住指向の風潮に懸念があり、改善の要諦は、<strong>「人間のチャレンジ精神」</strong>であることを主張され、その一方で、それを阻害する社会的・経済的風潮が障害要因となっているのは否めない、それを国家的政策とか、企業経営の理念により後押しすべきであるが、究極は個人に帰するとされている。以下に①、②を中心に私見を交え、記事を引用する。<br><br>

<u>０１）リスクを問わず、「競争」へのアレルギーをなくし全体底上げを</u>
日本の著名な経済学者は、米国で学位をとった人が多い。ところが最近、米国に留学してくる「経済学者の卵」は少ない。海外の大学院に留学して研究者を目指すのは、ある程度リスクがある。そういうリスクをとって海外で学ぼうとする学生が減っているのは残念である。さらに若者の海外旅行離れの話も聞くと、グローバル化に逆行する動きが起きているかもしれない。日本人の競争にたいするアレルギーが高まっているようだ。米国は競争社会で、そこで勉強し、仕事をするのを大変だと考える人が増えている。小中学校教育からして、競争を嫌い平等主義が蔓延し、全国学力テストの結果を都道府県別公表で止めており、学校単位とか個人の実力を公表することを避ける風潮がある。経済の活性化には競争は不可欠。<strong>『競争的な創造的破壊』</strong>を起こして日本に活力をもたらすことが、長期的に安心して暮らせる社会をつくるためにも必要だ。<br><br>

<u>０２）「ゾンビ企業」には市場から退出してもらうべきだ</u>
日本の９０年代の経済危機当時、「貸し渋り」が話題になった。銀行は「良い貸出が先ない」と云いつつ、「良くない貸出先」を助けて延命させることで、本来なら「良い貸出先」になるはずの企業が拡張する意欲を萎えさせた。“映画：ゾンビ”では、死者がゾンビとなって他の人を襲い、襲われた人間もゾンビとなってしまう。同じことが経済でも起こり得る。“ゾンビ企業”が健全な企業と競合し、健全な企業の活動や新規参入を阻害して、結果として経済が停滞する。そのような状況がバブル崩壊後の日本で起きた････と、<strong>星教授が実証した論文；“貸し渋りがなぜ起きたのか。その原因として「ゾンビ仮説」を提唱”</strong>し、経済学者として、世界に星教授の名前が知られるきっかけとなった。
そして、星教授は、<strong>“９０年代の日本経済の低迷の教訓、今こそ正しく学べ”</strong>と警告する。<br><br>

<u>０３）映画：「フラガール」にリストラの本質を見た</u>
２００６年に公開され、大ヒットした「フラガール」を、当時偶然に一時帰国された星教授が見られ、<strong>“経済のリストラクチャリングというものの本質をついている”</strong>と、強い感銘を受けられたと云う。
<strong>リストラとは、「事業再構築」であり、‘創造的破壊’をすることだ。破壊だけではなく ‘創造’を伴う必要がある。</strong>]]></description>
         <link>http://www.fa-it-research.com/2009/10/1019.html</link>
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                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">記事</category>
        
        
         <pubDate>Mon, 19 Oct 2009 12:00:00 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>‘産業の「絹の道」’を導く日本の心得</title>
         <description><![CDATA[日本は、今や、世界第２位の経済大国の地位を中国へ譲らなければならない程、中国の経済規模は躍進しており、２１世紀は、欧米に代わり、日本がリードして、アジア圏が新しいグローバルビジネスモデルを構築して世界経済を牽引する主役となることを、世界から期待されています。<br><br>

しかし、<a href="http://www.fa-it-research.com/2009/10/1005.html">『アジア新経済帯―‘産業の「絹の道」’』</a>の発展は、将来とも安定的な成長が約束されている訳ではありません。沿海部で稼がれた貪欲な金儲け主義の中国マネーの流れは、自国中西部を頭ごなしに超えて、更に人件費の低い<strong>‘産業の「絹の道」’</strong>へ向い、順次通り過ぎて行く花見の跡の狼藉三昧、荒れ放題の道になりかねないと懸念されます。<br><br>

このアジア圏にとっては千載一遇のチャンスをものにし、この金の流れを、通過地域で、産業力と経済力を順次サイクリックに嵩上げし、確固たる経済帯に成長させなければなりません。<strong>この‘産業の「絹の道」’を日本が導くことができるかどうか？</strong>　に掛かっています。アジアで日本だけが栄える道はなく、日本は一連托生で発展するより他はないのです。<br><br>

一方、現下の中国の製造産業の発展レベルは、北京リンピックを終え、丁度、東京オリンピックの１９６０年代半と同じとされている。日本は、それから続伸を重ね、９０年代直前のピークで頓挫するまで、３０年を要した。現在のＩＴ時代では、成長速度も格段に速くなっており、おそらく中国は、成長路線にのれば、その半分以下で到達するであろうと云われている。上手く行けば、この‘産業の「絹の道」’も、中国の健全な成長と連動し、１５年後に経済地帯へ発展を遂げることが期待される。<br><br>

上記の日本の６０年～９０年の製造産業の成長、続伸時代を支えた製造システムの進化は、先ず６０年頃、半導体素子・ＩＣ、パワートランジスターが民生用で採用が本格化した。その結果、価格低下と信頼性が向上し、工業用への採用が始まった。次いで、７０年代に入り、マイクロプロセッサと半導体メモリが、ムーアの法則による高速、大容量化が年々進み、工業用途への応用拡大が続伸し、工業用コントローラ製品が低価格で高性能化し、使い勝手向上の市場競争に鍛えられ、飛躍的にＦＡ市場が拡大した歴史であった。<br><br>

三菱電機においては、この時代背景のもとで、６０年代は、大型プラントなどの重電システム販売事業と、モータ、ＮＦブレーカ、電磁開閉器、トランスなどの産業機器の単体販売事業と２極化して栄えた時代から、７０年代に入り、両事業から一挙に新たに中間的なエレクトロニクス製品のＦＡシステム・コンポーネント販売事業への転身が求められ、その波に乗ることに成功し、ＦＡ事業が大ブレークした時代であった。<br><br>

<a name="01"></a>以下に掲げる‘Ｉさん’の挿話は、私のブログをご覧になり、お寄せ頂きました。上記の時代背景の先駆けとして、１９５６年に入社され、入社１年後、配属先から制御盤設計へ応援に出られ、リレーシーケンス設計を所謂‘棲み込み’体験された時期があり、その後、制御器設計課を経て、ＦＡコントローラ販売の技術サポートで活躍された自分史です。図らずも、当時の<a href="http://www.fa-it-research.com/2009/09/0928.html">｢人間中心のイノベーション｣</a>の実体験として語られています。これからの<strong>‘産業の「絹の道」’を確固たる経済帯へ導く日本の心得として、“現地市場の草の根”に棲み込み</strong>、日本流モノづくりを根付かせなければなりません。そのヒントになればと、掲載します。<br><br>

<a name="01"></a><strong>≪‘Ｉさん’の自分史≫</strong>；　注）文中の《》は下名からの解説を付記
小生がシーケンサー《ＰＬＣ事業》に関わってどんな事をして来たのか、ご多忙中でしょうが読んで頂けたら有り難いです。<br><br>

１９５７／４、一時期、<strong>制御盤設計へ応援に出てリレーシーケンスを体験</strong>しました。その後、制御器設計で１０年間制御器具の開発を担当し、多くのパテントを取得して製品が現場で流れるのを見て誇りに思った事でした。《制御盤設計のリレー応用体験が活かされ、特許を取得された》<br><br>

８２／９、本社ＣＥＴ《Consulting Engineering Team＝販売サポート部隊》へ転勤。1年後、上司から機器技術部《かつての上司：Ｙ部長の下でシーケンサを含む技術企画担当》も兼務するよう指示があり緊張しました。日常活動でお客様から聞く声は、概念や機能説明でなく<strong>具体的なプログラムの作り方でした。まさか25年前のシーケンスの体験が役立つとは、大いに自信を持ったのを覚えています。</strong>当時マニアルも十分でないので、ここにＣＥＴの存在価値が有ったのかも知れません。日常何のノルマも無いことから、<strong>お客様のほしい「具体的なプログラム例集」を特殊機能カード毎に作ることを思いたち、5年在籍した証に15冊を残しました。</strong><br><br>

この（具体例）資料はＣＥＴの活動効率を高めるためにも、自分なりに考えた対策の１つでした。これは、<strong>長年ラインでノルマを達成する事が　当然の習慣から、自ら負荷を作って実施した結果</strong>でした。
<strong>シーケンサが素人でも有接点のシーケンスを体験した者が、丁度市場の普及期に合致したのかも知れません。作る側でなく使う側からも広く経験出来た事を良かったと思っています。</strong>《ユーザの中に‘棲み込む’効用とは、将にこの体験である》
特に力を入れたのは「位置決め制御」で中部支社に転勤後は、トヨタ関連や浅野技研などサーボモータとの販売拡大でした。<br><br>

９９／３、ＳＣ（三菱電機システムサービス）に転籍後、名古屋製作所構内をしみじみ歩いて懐かしい一語に尽きたのを覚えています。今池にあるＳＣのＥＮＧセンター所長の元上司Ｔさんに会いに行った時「君を本社に呼んだのはＹさんと相談して決めた」と打ち明けられ、人との繋がりを有り難く思った事でした。ＦＡテクニカルセンターでスクール講師を務めて、２００２／３退職しましが、<strong>市場で体験した命令語の具体例の使い方を、講師ならぬ「講釈師」</strong>をしてきたのが懐かしいです。]]></description>
         <link>http://www.fa-it-research.com/2009/10/1013.html</link>
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                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">記事</category>
        
        
         <pubDate>Tue, 13 Oct 2009 12:00:00 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>「産業の‘絹の道’」へ参入する日本の心得</title>
         <description><![CDATA[去る８月１３日の日経新聞コラム：<strong>北緯２３度『アジア新経済帯―‘産業の「絹の道」’』</strong>の見出しが目に付きました。その記事には；
中国の製造拠点の広州でさえ、既に人件費高騰が進み、西へ西へ―を合言葉に企業は低コストと市場を求めて一斉に移動を開始した。IT大手の中国電子信息産業集団は２００８年、ベトナム国境に近い北海市に産業パークと工場を設け、パソコン関連部品を生産し、東南アジアへの輸出も視野に入れる。欽州市の工業パークにも電子部品や金属加工を手掛ける台湾メーカー１０社以上が集中し、進出している。<br><br>

さらに西へ、中国・雲南省と国境を接するラオス北部の街、ボーテンは中国側から流れ込むマネーで潤っている。０３年、ラオス政府は自由貿易区開発の権限を中国資本に委託し、中国資本が開発した「黄金城特区」には展示会場やホテルが建ち並んでいる。タイ、ミャンマー、ラオスの３カ国の国境が接するこの地域を<strong>「ゴールデン・トライアングル」</strong>と呼ばれ、ビジネスが活況を呈し、カジノなどの娯楽も繁盛し、ギャンブルに興じるタイ人、中国人、韓国人などが多く見られる。<br><br>

さらにインドヘの道が延びる、ミヤンマー中部の都市から北西へ飛行機で１時間足らずにある小さな町、カレーミョなどの西部の町は、中国商人がヒスイの研磨作業の担い手を求めて、作業場を設け繁盛している。０７年１月に、ミャンマー・インド間の国境が開かれ、ヒスイはこの街から車で３時間の国境を越えて、インド最東部ミゾラム州へも運ばれ加工されるようになった。労働力と市場を求めてインド東部やバングラデシュへと経済フロンティアは西進を続けている、と書かれていた。日本の製造企業は、この旺盛な経済発展の波に乗らなければと、認識を改めました。<br><br>

そこで、このアジア新経済ベルト地帯の発展にともなうFA市場拡大に対応した日本ベンダーの動きについて、耳よりな話はないかと、三菱電機の名古屋製作所の幹部の‘Aさん’に聞いてみたところ、将にタイミングがよく、同社のインドFAセンター開所式へ行ってきたと、云います。そして、“<a href="http://www.indosay.jp/index.htm" target="_blank">清 好延さんのブログ；「インド博物館」</a>が面白いですよ！” と、紹介してくれました。<br><br>

清　好延氏は日本人、４０年有余、インドに在住され、現地ビジネスに関わって来られ、‘日本人インド駐在者会の世話人的な存在’の方です。
ブログ；「インド博物館」を開き、目次バー《館長の自分史》、他を閲覧し、《出来事と繰事》の目次ページを開くと、なんと！その中に、<strong>『三菱電機インドFAセンター開所式（2009.6.11）』</strong>の表題があります。それを見ると、ご丁寧な開所式の情景写真と記述がありました。私が惹きつけらました、次の２件を引用し、コメントを付記します。<br><br>

<u>０１）開所式の情景写真と館長のコメントの意味を考える</u>
ブログの末尾に、<strong>“暑い中での出迎えである・・当然のことながら、ここまでやる会社は最近少ない・・感心した・・”</strong>と、館長に云わしめたFAセンターの主催側、面々の写真が掲載されています。あたかも日本で開催された情景と全く同じ、律儀にご来賓をお迎えする緊張の面持ちです。
コメント⇒　<strong>清　館長の‘ここまでやる会社は最近少ない’</strong>とあるのは、ひょっとして、日本人は、いつしか、欧米流が習い性になり、未開地で教えて上げると、見下した態度が多かったのに対し、三菱は日本での顧客への応対と全く同じ、<strong>顧客に‘棲み込む’「日本らしさ」</strong>をやってのけたので、“・・感心した・・”と、云って下さったのだと思う。
<a href="http://www.fa-it-research.com/2009/09/0928.html">参照：前回ブログ；『　「人間中心のイノベーション」で日本は優位に　』</a>　は、<strong>日本流の‘型’から入るのだ！</strong>　と、館長に教えて頂きました。<br><br>

<u>０２）インドの「人」を、‘グローバル活用’の視点で、導く</u>
館長の記述に；今後さらに同社がインドにコミットし、<strong>将来インド人のセールスエンジニアーを育て世界に打って出る</strong>ことに、グルガオンＦＡセンターが役割を果たすことを期待したい。
世界の工場の中でコアとなって働いているインド人スタッフは少なくなく、また、ＩＴ関係のＳＥで成果を上げているインド人も多い。そういう優秀なインド人の才能を利用しない手はなく、またそのネットワークをセールスに利用するのが得策であろう。さらに、インド人は世界で、もっとも優れたセールスマンとの評価もある。インドは市場としてだけではなく、三菱電機の人材確保の場でも有り得る。そういう観点から、今ここにＦＡセンターを開設したのは誠に時宜を得たものと考える。
コメント⇒　<strong>日本に居座っていては、得がたい貴重な示唆</strong>である。]]></description>
         <link>http://www.fa-it-research.com/2009/10/1005.html</link>
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                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">記事</category>
        
        
         <pubDate>Mon, 05 Oct 2009 12:00:00 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>｢人間中心のイノベーション｣で日本は優位に</title>
         <description><![CDATA[去る７月１３日で、<a href="http://www.fa-it-research.com/2009/07/0713.html">『「顧客の深層に潜む意味的価値」を希求する』</a>で、日本企業はものづくりを伴わない価値づくりを目指すべきではない。両方の相乗効果を創出する経営が必要なのである。即ち、これが、価値を造り込むものづくりである。日本企業は元来、これが得意なはずである。と述べ、その方策を考えました。<br><br>

しかしながら、これまでの日本は、技術革新に偏重して、ものづくりの進化を図ろうとする性向が強かった。そのため、技術が一般化（デファクト化）すると、日本が先駆けした電子部品や液晶などは、海外で安く作られ、価格競争に敗れる繰り返しをしてきた。それはどういう事なのかと、そして、今後どうすれば良いかを解説する記事を見つけた。
以下に、紹介し、『知識創造企業』をめざす製造業の『「顧客の深層に潜む意味的価値」を希求する』を再考してみたい。<br><br>

日経新聞　０９年８月１８日P27：
<strong>【経済教室】　≪「日本型イノベーション」のあり方≫　［生活者の感性　呼び起こせ］
『“「技術中心」から脱却を”――価値観や社会の変化誘導 』     東京大学教授　堀井　秀之氏</strong>
《ポイント》
０１）「イノベーション＝技術革新」の誤解をとけ
０２）人間中心のイノベーションで日本は優位
０３）「デザイン思考」重視し、日本らしさ追求を<br><br>

以下に、上記ポイントの項目に従い要約しました。この内容は、日本のものづくりメーカが、自社の価値創造企業への変革の目標を定め、行動を促すヒントになるものと考えました。その現場をサポートする生産システムベンダーとしての我々の立場から見ても、「FA・IT」システムのあり方を、視野を広めて考えるヒントにも役立つと思い、それを意識してまとめてみました。<br><br>

<u>０１）「イノベーション」の真意と日本の誤解</u>
辞書で引くと、“（新機軸・刷新・革新の意）；生産技術革新に限らず、新商品の導入、新市場または新資源の開拓、新しい経営組織の実施などを含めた概念”とある。この概念を導入したシュンペーターは、新しい発明がなくてもイノベーションは生じることを強調した。一方、我が国では技術開発を得意とするがゆえに、わざわざ技術革新という狭い意味でしか用いていないケースが多い。本来、価値創造が目的であるべきが、激しい技術開発競争のなかで技術目標の達成に専念するあまり、いつしか手段は目的となってしまった。イノベーションの本来の意味に立ち返り、どんな目標を目指すべきか？これまでの技術中心主義を改めるには、日本が本来得意とする<strong>「人間中心のイノベーション」</strong>へ回帰することが重要である。<br><br>

<u>０２）「人間中心のイノベーション」への回帰</u>
「人間中心のイノベーション」とは、‘生活者’に照準を定めることである。‘生活者’が潜在的に何を求めているかを感知し、“ああ、私はこういうものを求めていたのだ”と思わせるようなモノやサービスを提供できる様にすることである。この様にして、人々の生活や価値観を深く洞察し、新製品やサービス、ビジネスモデル、社会システムなどを生み出していくことで、人々のライフスタイルや価値観の変化を誘導するものである。注：‘生活者’を‘製造現場の働き手’と読み替えて考える。
日本人の感性に基づく優れたモノやコトを次々と生み出していくこと、即ち、「日本らしさの追求」こそが、日本が追い求めるべき戦略である。
日本人は、世界が称賛する「クールジャパン」で象徴されるように、人間中心のイノベーションを生み出す独創的能力に長けている。<br><br>

<u>０３）日本流が「デザイン思考」の源流、日本らしさを追求</u>
人間中心のイノベーションを生み出すためには、注目する状況に没入し、そこに登場する人になりきることが重要である。それを流通科学大の学長　石井氏は、新しいビジネスモデルが生まれる創造的瞬間に閃く知を『ビジネス・インサイト』と呼び、それを感得するには、対象に棲み込む（内在化する）ことが不可欠、と云う。また、上智大名誉教授の安西氏は、日本人がこの‘棲み込み’インサイトを得意とするのは、日本語と英語の根本的な発想・認識パターンの違いを鮮明に浮かび上らせ解明した。英語は、状況把握を＜もの＞の動作主性に着目し、因果律的に解析し概念化していく傾向が強いのに対比し、日本語は、状況をまるごと＜こと＞として捉え、人間との関わりを、人間の視点で密着して捉える。日本語の表現は主観的であり、聞き手はたえず話し手の気持ちに共感し、その場面を追体験しながら聞きその内容を感じ取る共感型であり、状況埋没型言語である。この特徴は、日本人が容易に相手に棲み込み、人間中心のイノベーションを生み出すことを得意とする根拠だと云う。
米国をはじめ世界では、この‘日本らしさ追求’の良さに気付き、イノベーションが生み出される環境を整え、トレーニングの重要性を認識しはじめた。この手法を『デザイン思考』と称し、注目している。
]]></description>
         <link>http://www.fa-it-research.com/2009/09/0928.html</link>
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                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">記事</category>
        
        
         <pubDate>Mon, 28 Sep 2009 12:00:00 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>‘飛び越し型FA-IT’ツールの開発の勧め</title>
         <description><![CDATA[前回のブログの結びで、これからの日本企業は『知識創造経営』を推進すべきであると述べましたが、今回は、製造企業において、｢知識を創造｣する製造現場ではどの様な行動様式が求められ、その行動を支える‘ITツール’はどの様なものが求められるのかを考えてみたいと思います。<br><br>

前回ブログで、<strong>トヨタの考える“知識産業の生産手段”とは、社員一人ひとりの「手＝“暗黙知”」と「頭＝“形式知”」</strong>である。工場労働者をラインで働く単なる「１組の手」とは考えず、一人ひとりが直接的な経験や他者との関わりから新しい知識を獲得する「ナレッジワーカー」と捉えている。このイノベーションの源泉を探ってみると、<strong>“人間の洞察力や直感、ひらめき等の暗黙知が起点となる”</strong>と記載しました。そして、ITを“手元道具”として習熟を図れという事なのですが、果たして現在手元に調達できるITツールは満足できるものかどうかです。第２０回DMS展では、それを目指して、“見える化→観える化→診える化”への進展の兆しが顕れました。まだまだ進化の余地があると思われますが、現場の作業員が、何かの異変の兆候を‘ひらめき’、手元データを分析し、その原因を探ることはある程度可能ですが、残念ながら、彼らにとっては‘ITリテラシィー’のハードルは高く、使いこなせないのが実態であろうかと思われます。製造業ユーザとしては、現在入手できる‘FA・IT’システムを活用し、進めていかなければならないことは云うまでもありませんが、生産設備システムのベンダーとしては、この‘飛び越し型FA・IT’ツールの開発に取り組まなければならない重要使命があります。<br><br>

しからば、どの様な究極の‘飛び越し型FA・IT’ツールの開発が求められているのかを、構想するに当たり、最新ロボット技術の進化の記事を見つけました。ここに紹介するのは、日本が世界に誇りうる‘人型ロボット’を営々として独自の日本初の考えの下に、開発を進めてきた話です。日本の製造企業は、否応なしにグローバル化が進む世界の中で、再びリーダシップを取り戻して行くためには、かつての<strong>｢製品のものづくり｣から｢ものづくり知識を創造する｣</strong>へ飛び越さなければなりません。この記事は、日本発の“暗黙知を起点”としており、開発の着想、進め方も、共通点があるように思います。私の構想イメージは、未だ‘暗黙知’の域を出ないものですが、<strong>｢‘ものづくり知識を創造する’人を支援するツール｣</strong>の開発が一日でも早く、前進することを期待する者です。<br><br>

日経新聞09年4月15日のP29全面記事：【日本創造会議】で掲載；
<strong>『ロボットは脳で操る』　≪ヒト型は高齢者を助け、新産業に育つ≫
語り手：神経科学者の川人光男氏（ATR脳情報研究所長）</strong>が曰く；
脳科学とロボット工学を融合し、器用に仕事をこなすヒト型ロボットの実現に迫っている。人間の指示でともに働くしなやかなロボットが日本で誕生、大きな産業になるとみている。････････････とあります。
以下に、‘飛び越し型FA・IT’ツールの開発コンセプトの形成に役立つと思われる部分を抜粋し、各項の末尾に‘FA・IT’ツール開発として、注目すべきポイントを≪コメント≫として付記しました。<br><br>

<strong>０１）</strong>ヒト型ロボットは日本が世界を完璧にリードしている数少ない分野だ。日本には多数の大学と企業に優れた研究者がいる。とりわけ、脳とヒト型ロボットを結びつけてトップの成果を出している研究室は、世界に国際電気通信基礎技術研究所（ＡＴＲ）しかない。
≪コメント≫　日本の製造方式には、欧米から導入した‘モジュラー型’を現場の働き手のスキルで‘インテグラル型’へ進歩させた歴史がある。<br><br>

<strong>０２）</strong>前例のないアプローチ、「脳をつくることを通じて脳を知る」で、脳に挑んできた。生きた脳細胞を使うのではなく、脳の情報処理のやり方を調べ、同じやり方を機械で実現する。そのために頭脳だけではなく人間とそっくりの身体を持つロボットをつくるやり方である。
かつてコンピューターを使った人工知能の開発が盛んだったが、これも限界がはっきりした。コンピューターはチェスで一流になれても、三歳児ほどの日常的判断力もない。これは当然のことで、脳の働きを脳だけ取り出して知ることができないからだ。身体を通して外界とかかわるからこそ脳なのだ。
≪コメント≫　従来の欧米流ITツールの延長ではなく、製造現場のベテラン（人）の脳の情報処理のやり方を調べ、同じやり方で‘FA・IT’ツールを実現する。このツールは製造設備の状態や、インプロセスのワークの状態のセンシングも含めて考えることが重要である。<br><br>

<strong>０３）</strong>脳をつくって脳を知る戦略は困難な回り道に見えるとの指摘もあるが、そうは思わない。難しいからと云って、本質的な問題を避けたら、そもそも進歩はない。最初には驚かれたが、今や脳科学とロボット工学の一つの潮流となった。これは歴史的必然だ。
≪コメント≫　‘FA・IT’ツールの開発は、IT、FA技術者が融合して取り組む必要があり、両者が製造現場へ入り込み、現場のベテラン（人）の作業の目線で実用試作を繰り返して、開発を進めなければならない。]]></description>
         <link>http://www.fa-it-research.com/2009/09/0914.html</link>
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                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">記事</category>
        
        
         <pubDate>Mon, 14 Sep 2009 12:00:00 +0900</pubDate>
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