前回のブログ:第2弾で掲げた、2011年 《日本の進路》 >>4の中で、“我々は物言えない子孫から泥棒をし続けていいのか?後世に問題を先送りして渡すのは、現代を生きる者として、必ず避けなければいないことだ。”と云う衝撃的な警句に出会い、‘我々大人世代は、何を為すべきなのか?’を自問していました。
その矢先に、この警句に呼応するように、“21世紀を生き抜く人材に必要な資質は、「知情意の総合力」”と指摘し、大人世代はもっと教育に関心を持ち、若い世代を応援しようと訴える《成人の日》の寄稿が掲載されていました。
それは、次に掲げる第3弾の安西祐一郎氏の記事で、大いに啓発されました。今回のブログで、その内容を読み解いてみたいと思います。
No.3 日経 2011.01.10 【教育】
《成人の日》 若い世代の成長応援
『知情意の総合力』 育め
慶応義塾前学長・(中央)教育審議会大学分科会長 安西祐一郎
≪環境の転換、大人の責務≫
今日、成人の日を迎えた若者たち、1990年か91年生まれの20歳の彼らのような若い世代が、どう成長していくか? これから10年後、20年後の日本の運命を決める!
若者たちを待っているのは、中高年の肌に刷り込まれた20世紀後半の日本や世界ではない。狭くなった地球の上でグローバル化と多極化の時代の潮流がうねりを増し、民族、宗教、言語の違いがこれまでの世界史になかった様な、いさかいを繰り広げる、厳しい世界である。
成人式を迎えた若者たちにとって一番大事なことは、その未知の時代を生き抜く力を身に付けることだ。
彼らを応援することとは、日本を逼塞状態にした責任を棚に上げ、莫大な社会保障費を若い世代につけ回しながら、彼らを元気がないと叱咤するだけの大人世代が直ちに果たすべき責務である。
多様な力を融合
21世紀の世界潮流に投げ込まれた日本の教育、志す最も大切なこと;―国内、世界を問わず、どこへ行っても、誰とでも、どんな状況でも、自分の言葉で語る‘知’。相手の心の痛みを感じ取る‘情’。自分の判断力をもとに行動できる‘意’。すなわち、『知情意の総合力』を育むことである。
この総合力とは、複合的な力である;
・生涯にわたって学び続ける学習継続力。
・どんな状況でも、人の気持ちを忖度出来る感受性。
・時空間を超えて合理的な推論が出来る想像力。
・自分の考えを整合的に構築できる構想力。
・判断のための思考基盤としての深い教養、基礎的知識・経験を色々な状況で発揮できる応用力。
・常に自らの表現で語ることば力。これは、その他の多様な基礎力を自分の血肉に融合することを通して育まれる力である。
これらの基礎力を育むには、小さいころから、家庭、学校、地域コミュニティなど学びの環境を再構築しなければならない。
保護者、教員、地域、地方自治体、政府、企業などの社会組織、そして国民すべてが新しい学習環境が実現され、教員が自信をもって新しい教育が出来るよう後押ししなければならない。
特に、グループ学習やコラボレーション学習、プロジェクト学習を増やし、生徒同士のコミュニケーションの機会を増やすこと。
デジタルやネット技術を活用して1人ひとりの生徒が、先生から教わるだけでなく、世界中の知識人と協力して学べるようにすること、学校時代だけでなく、生涯にわたって学び続けられる環境整備が大切である。
日本の教育の宝;‘全ての人に同じ知識と体験を与える教育’は基礎教育としてこれからも大切だが、加えて‘一人ひとりの生涯に最良の教育’へと転換することが必須の時代となったのである。
こうした教育の在り方の変革は、教室で一斉授業に慣れてきた大人世代には異質聞こえるかも知れない、大人が陥り易い陥穽は、自分の体験を若者に追体験させたがることだ。留意すべきは、彼らが今日まで育った時代は、大人たちの若かった時代とは全く違う時代であったのである。
新しい価値観
成人を迎えた世代は、ベルリンの壁崩壊89年は生まれる前。米ソ冷戦は昔話。日経平均株価は89年末に最高値をつけてからつるべ落としで、経済成長時代も昔話にすぎない。インターネットとデジタル携帯が市場に出たのは90年半ば、もの心ついた時には既にネット・デジタルがあった。
戦後を引きずっている左右のいずれの思想も無関心。米国も中国も他の国や地域も世界の中で、複眼的にとらえることができ、大人たちの常識であった日米や日中関係の様な二国間関係で、理解しようとはしない。世界を席巻したメイド・イン・ジャパンの時代を懐かしむ気持ちもない。その一方で、ネットやデジタルにまったく自然に対応できる世代である。
この様に、彼らは、‘知情意の総合力’を育むには、過去のしがらみがなく、グローバル時代に自然に適応できる、実にぴったりの世代である。
その一方で、新・就職氷河期が、若者たちを襲っている。彼らを待ち受けているのは、内需の落ち込みで厳選採用に転じた企業群であり、しかも、若い世代は大人世代の膨大な社会保障費を一生にわたって支払う運命にある。
国民的議論を
正規雇用の安定生活者や引退して悠々自適の人達が、こういう若者たちを“元気がない!”とか、“海外に雄飛する気力もない!”と叱咤していても彼らには通じない、若い世代の本質は、むしろ大人たちよりバランスが取れている。大人たちは、若者たちの置かれている社会環境を理解し、彼らの人生をもっと応援してやるべきだ。それには一人でも多くの大人が教育のあり方に関心を持つことである。今年こそ、閉塞状態の日本を救う教育の実現に向けて国民的議論を起こすべき年である。 |