日本人自身の『人間中心のイノベーション』

前回のブログで述べましたように、アジアの‘産業の「絹の道」’で、経済帯の勃興の息吹が感じ取られ、従来の日本の対応の仕方から、日本自身が、如何に、‘イノベーション’するか? に懸っています。即ち、現地へ臨む日本企業の姿勢として、現地ユーザの目線で、日本流の顧客対応の‘型’ から参入することが望ましいことを『インド博物館長』に教えられました。さらに重要なことは、現地人スタッフに対し、日本流モノづくりの‘心’を移植し、FA伝道師として養成し、市場の持続的な安定成長へ ‘導く’ことが、日本の製造企業の使命なのです。

現在のこのアジア地帯の経済発展の活力は、日本の経済成長の発端となった1960年代と類似していると云われています。従って、当時の日本では、どの様にして、FA伝道師が現われてきたかの実例として、‘Iさん’の自分史を掲げさせてもらいました。

以上より、これからは日本人と、現地人が、ともに上記の『人間中心のイノベーション』を果たすことが求められ、これが成功すれば、この‘産業の「絹の道」’で、日本が優位に が実現できる、と云うことです。

しかしながら、現下の日本の膝もとでは、1960年代が発端となるような『人間中心のイノベーション』が起こし難い状況にあり、それを克服しなければなりません。以下に、それに関連する次の記事を掲げます。

今後の日本が、グローバル経済の下で、経済活動を再興し、成長を遂げていくための対処法として、「競争的な創造的破壊」を果敢に行う必要性を強調する、【米カルフォルニア大・サンディエゴ校教授 星 岳雄氏】の記事:(日経新聞09年8月25日 ≪日本創造会議≫ “破壊こそ経済活動の活力源”)がありました。

この記事で、星教授は、「競争的な創造的破壊」を進めるための3つの提言がなされている。
①リスクを問わず、「競争」へのアレルギーをなくし全体底上げを
②「ゾンビ企業」には市場から退出してもらうべきだ
③90年代の日本経済の低迷の教訓、今こそ正しく学べ
この記事の論旨は、日本人は、「競争的な創造的破壊」を起こす『人間中心のイノベーション』を旺盛にしなければならない。しかし、その先兵となる日本人の内向き安住指向の風潮に懸念があり、改善の要諦は、「人間のチャレンジ精神」であることを主張され、その一方で、それを阻害する社会的・経済的風潮が障害要因となっているのは否めない、それを国家的政策とか、企業経営の理念により後押しすべきであるが、究極は個人に帰するとされている。以下に①、②を中心に私見を交え、記事を引用する。

01)リスクを問わず、「競争」へのアレルギーをなくし全体底上げを
日本の著名な経済学者は、米国で学位をとった人が多い。ところが最近、米国に留学してくる「経済学者の卵」は少ない。海外の大学院に留学して研究者を目指すのは、ある程度リスクがある。そういうリスクをとって海外で学ぼうとする学生が減っているのは残念である。さらに若者の海外旅行離れの話も聞くと、グローバル化に逆行する動きが起きているかもしれない。日本人の競争にたいするアレルギーが高まっているようだ。米国は競争社会で、そこで勉強し、仕事をするのを大変だと考える人が増えている。小中学校教育からして、競争を嫌い平等主義が蔓延し、全国学力テストの結果を都道府県別公表で止めており、学校単位とか個人の実力を公表することを避ける風潮がある。経済の活性化には競争は不可欠。『競争的な創造的破壊』を起こして日本に活力をもたらすことが、長期的に安心して暮らせる社会をつくるためにも必要だ。

02)「ゾンビ企業」には市場から退出してもらうべきだ
日本の90年代の経済危機当時、「貸し渋り」が話題になった。銀行は「良い貸出が先ない」と云いつつ、「良くない貸出先」を助けて延命させることで、本来なら「良い貸出先」になるはずの企業が拡張する意欲を萎えさせた。“映画:ゾンビ”では、死者がゾンビとなって他の人を襲い、襲われた人間もゾンビとなってしまう。同じことが経済でも起こり得る。“ゾンビ企業”が健全な企業と競合し、健全な企業の活動や新規参入を阻害して、結果として経済が停滞する。そのような状況がバブル崩壊後の日本で起きた・・・・と、星教授が実証した論文;“貸し渋りがなぜ起きたのか。その原因として「ゾンビ仮説」を提唱”し、経済学者として、世界に星教授の名前が知られるきっかけとなった。
そして、星教授は、“90年代の日本経済の低迷の教訓、今こそ正しく学べ”と警告する。

03)映画:「フラガール」にリストラの本質を見た
2006年に公開され、大ヒットした「フラガール」を、当時偶然に一時帰国された星教授が見られ、“経済のリストラクチャリングというものの本質をついている”と、強い感銘を受けられたと云う。
リストラとは、「事業再構築」であり、‘創造的破壊’をすることだ。破壊だけではなく ‘創造’を伴う必要がある。

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