日本の製造企業の「知識創造経営」とは?

7月のブログは、前々回、前回とDMS展の昨年から今年への1年間の“日本の製造業の変革を支援する『FA・IT』システム”の進化の流れを観察してきました。今回は、この進化を支えている基本理念を、確認し、今後の日本の製造企業が目指す変革の方向を、次の記事を借用し、レビューしてみたいと思います。

日経09年7月17日の《経済教室》記事;
【大混乱期の知識創造経営】“『共通善』の追求を主眼に”、
≪社会の繁栄に関与を≫‘洞察、直観生かし未来創れ’    一橋大教授 竹内 弘高氏

この記事の冒頭で、15年前に、経営学者ピーター・ドラッカーの著書;『知識創造企業』の共同翻訳をされた筆者は、当時を振り返り、昨年後半から米国で起きた、GM破産の法的整理と金融破綻を誰が予想しただろうか。しかし、ドラッカーは、既に、その著書のなかで、“不確実な時代においても経営のエッセンスは未来を「創る」ことだ、未来は現在の延長線上にはなく、新しい「知」を生むしかない。その経営手法は、「知識創造経営のパラダイムシフト」によるイノベーションである。”と述べられている。我々は、今、直面している大混乱期だからこそ、未来を「創る」経営が求められているのだと、示唆している。

ここでいう知識とは、「人間の信念を真実へと正当化していくダイナミックなプロセス」である。そこで、①なぜ、GMが衰退したのか? ②なぜ、ITをベースとしたナレッジマネージメントシステム(KMS)が、欧米で失敗したのか? ③なぜ、米国金融機関が信用を喪失したのか? の3点から、日本の製造産業の未来を「創る」経営のあり方を考えてみたい。

まず①のGMは、自動車産業を製造業としてしか捉えなかったことが衰退の一因である。一方のトヨタは、自動車産業を知識産業としても捉えた。両社の根本的な違いは、その「生産手段」にある。GMが考える“製造業の生産手段”とは、組立ライン、機械、ロボット、オートメーションなど、「ハード的なモノ」である。片や、トヨタの考える“知識産業の生産手段”とは、社員一人ひとりの「手=“暗黙知”」と「頭=“形式知”」である。トヨタは、工場労働者をラインで働く単なる「1組の手」とは考えず、一人ひとりが直接的な経験や他者との関わりから新しい知識を獲得する「ナレッジワーカー」と捉えている。ゆえに、新しいアイデアやイノベーションを、いつの日か、創り出すであろう人材へ、投資を惜しまない。また、トヨタの経営者は、自動車産業を前途有望な知識産業ととらえており、人材の能力を向上させれば、まだまだ成長できると考えている。

次に、②のITをベースにしたKMSが、なぜイノベーションを創り出せなかったかを、知識創造経営の観点でみると、欧米では、データや数字、方程式で表わされる「形式知」が重宝がられる。即ち、ディジタル化して科学的に測定でき、“コンピュータに入力可能な知”だからである。多くの欧米企業では、IT部門主導でKMSが構築され、ベスト・プラクティスのコード化と蓄積が推し進められた。その過程で、人間は交換可能なパーツとして扱われ、イノベーションを創り出す主体者でなくなってしまった。しかし、現在脚光を浴びているイノベーションを探ってみると、“人間の洞察力や、直感、ひらめきなどの暗黙知が起点”になっている。

3つ目の③では、米国金融機関のリーマン・ブラザーズ、AIG,シティグループなどが引き起こした危機を目の当たりにすると、企業が社会の信用を喪失すれば、未来を創るどころか、今を生き延びることすらできない。なぜこうした失態に陥ったのか、これを知識創造経営の観点でみると、これらの企業は「世のため、人のため」に存在するという「高質な暗黙知」が欠如してしまったからである。倫理や、モラルに裏付けされた共通善(Common good)の思いや価値観、信念が失われてしまったのである。

そして、この引用文の結語として、筆者は、この不確実な時代、未来を予測するのは無意味である。未来を創ることは困難だがやりがいがある。その達成には「矛盾力」が必要になろう。そして、ドラッカーの著書の日本語版:『知識創造企業』の共同翻訳者、一橋大名誉教授 野中郁次郎氏の次の言葉を借用して付記されている;
“「いま・ここ」という現実を、変わり続けるダイナミックな文脈の中でとらえ、未来の「より良い」を求め、その時その場で最善の判断と行動を「タイムリーに選択する知を創る」のである”とあります。

参照;1年前の08年7月掲載の『お勧め記事』: “意志を持って知識活用を加速する「ナレッジ・エボリューション・マネージメント(KEM)」の勧め”に、上記のKMSの欠陥を補強するプロジェクトの展開方法(スキーム)、即ち、最も現場の事実を熟慮できる「人物」を中心に推進する手法が、求められるとし、事例を使って書かれており、解り易い。「KEM」は欧米流「KMS」の限界を超える日本的手法と云える。

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