制御器製造部(制製部)への再三の転勤
話を2年余り遡った83年6月頃、SRIプロジェクトは米SRIメンバーを迎え、当社で完了ミーティングを開催し終結しました。そのあとで、本社・ロボット部長主催で、名電・開発部の‘I’部長を招き、研究所、名電、本社・総合システム部、コンピュータ製作所(コ電)の参加メンバーが本社に集まり、‘打ち上げパーティ’をやり、SRIとのやり取りでの武勇伝などを披露し合い、一同、意気軒昂で、お開きとなりました。
既に、FAコンピュータ/コントローラ(FactoryLand-S1/C1)の製品開発は着手されていましたが、85年に、HW・SW(MAPI/F:FMSバス)の開発がコ電・名電で夫々本格化するとともに、名電では生産技術・設備技術部門のメンバーが参画して、SRIプロジェクトで応用モデルとしました新城工場のシャフト加工ライン(FMC)と、産業機械工場のFMSの適用プロジェクトが結成されました。そして、外販ビジネスのFAシステムエンジニヤリング部門として、従来から盤設1課で、クレーン搬送の自動化システムなどを担当していた設計グループが、「FAシステム課」と改名し、上記の所内システムも担当し、FAシステムの社外販売への力を養い、自動車関連などのシステムに取り組みが始まっていました。従来の名電の単体販売製品の取り組みから脱し、“85年は、いよいよ、「FAシステムビジネスの幕開け」”と、当事者達は意気込んでいました。
私は、85年のその頃、数製次長となり、制製部のこの様なFAシステムの進展を横目で見ながら約1年間過しましたが、突然、86年10月に制製部へ‘横滑り’次長として、再三、転任する内示を受け、その時、FAシステム・シーケンサ関連の組織改革の事前検討を指示されました。
当時の制製部は、所謂「電動機」と対比される「静止器」の製造部として伝統的‘生い立ち’をもち、担当機種は、電磁開閉器の可児工場、航空用電装品、工作機・クレーン用制御盤などの在来機種と、これらから産業エレクトロニクスの発展とともに派生した製品;クレーン用のコントローラ(CLP)、シーケンサ等の「マイクロ・プロセッサーを応用したコントローラ」と、インバータ、サーボ等の「パワー・エレクトロニクスを応用したモータ駆動コントローラ」をとり混ぜた大所帯の製造部でした。私は、古巣のクレーン・シーケンサが所属する製造部に戻って来ることになったのです。シーケンサ設計課長から本社・ロボット部へ転勤し、名電・数製部を経て、4年ぶりに戻ったわけです。その間に、PC(注:89年;‘シーケンサ’をProgramable Controllerと改名)の事業規模は、7~8倍に急成長を遂げていました。将に、後輩たちのの頑張りに感動しました。
PCの技術陣は、新人等で人員は増強され、さらに、もう一つ前の古巣の盤設1課からも多くのクレーン設計のベテランが移動していました。しかし、製品の取扱い説明書の作成と、ユーザ相談を受けるテレホンセンターが設けられ、設計者が交代で対応していましたが、次々と掛かってくる電話の応対に追われ、自分で応答し切れないことがしばしばあり、担当者を探しまわり、繁忙を極めている上、自分の担当製品のマニュアルさえも作る時間が取れない状況でした。一方、FAシステム事業を担当するために新設された「FAシステム課」は盤設1課を母体にしている筈でしたが、陣容も引き抜かれて乏しい状況になっていました。
そこで、「MTC」の設立を組織改革の第一の目玉としました。
(組織新設) MELSEC・テクニカル・センター(MTC)
テレホンセンターとマニュアル作成の分業化を図るため、先ず、要員確保を人事に要請しました。この時期は、在来の基幹事業の規模減少と新事業の成長との交差が顕著でしたので、基幹機種から多勢ベテランが、補強要員として出されてきました。在来のPC設計者達は、こんな人達で本当にやれるのかと拒絶反応されましたが、ロボットの「FASEC」を新設した時、 “人は活かして使うものだ”と、思いきって全員受け取る事で、私は成功体験していました。今度も、10数名全員を受け入れ、在来のベテラン(指導者)数人を含めて構成し、20名規模の「MTC」をPC設計フロアーの一角を占め設置し、センター長にベテラン制御盤設計課長を迎えました。
これは我田引水ですが、幸いにして、マニュアルは素人に解る様に作らなければならないので、結果的に素人作成が正解だったのです。PCだから現物を手軽に手元に持ってきて、自分で操作を確認して書くことが出来たのです。自分の机では無理なので、モジュールユニットを自分でバラック配線し、テストができるオープン会議スペースを数箇所設けたのです。これは、相互に教えたり、ベテラン・若手設計者も呼び込んで、確認することが出来たのです。マニュアルを書ける様になったお陰で、テレホンセンターの応対にも自信がつき、一挙両得でした。また本人も新しいところで、活き甲斐を感じてくれました。
そして、最近では、「CTI」のIT武装もされ、知識DB化も進み、製品改善やマーケッティングにも役立っています。開発設計者が、逆に教えを乞う場面もあり、‘頼りにされる存在’であると云います。ITの威力を組織が体験し、活性化が進んだことは、好ましい限りです。