FA・ロボット事業体制の発足と始まり
本社・ロボット部発足の58年4月と同期して、名電では、ロボット製造部が誕生しました。ロボット本体の設計・品質・工作の各課に加えて、「FMSグループ」が、‘SRIプロジェクト’の『FactoryLand-C1』の製品開発を担当するグループとして組織化されました。クレーン自動化システム用のクレーンローカルプロセッサ(CLP)の開発を主導された‘N’さんをリーダとして、件の「開発部のFMS企画の杉山氏」を含む数名のメンバーが集められました。鎌倉のコンピュータ製作所担当の‘S1コンピュータ’開発グループと連携して、‘C1コントローラ’の製品開発を担当しました。ハードウエア(HW)としては、NCの16ビットMPUボードをベースに構成し、‘FMSバス(MAPインタフェース)’を含めてHWを開発し、ソフトウエア(SW)開発は、ユーザプログラム言語として、‘リアルタイムBasicSW’と、MAPのSWなどの実装で、組込みSWの開発はかなりの量・質が問われました。顧客での現地立上げ時まで、デ・バッグで苦労しました。
一方、58年10月、私の担当する名電駐在組織の「FASEC」は、約10名の陣容で発足し、名電のロボット製造部長室の横に陣取りました。ロボット・メカトロシステムのエンジニヤリングと、FactoryLandのPR・システム提案などを任務としました。しかし、当時の私の回りには、制御システムのSEとしては、自動クレーンシステムをやってきたFAコントロールSEは育ってきつつありましたが、ロボットシステムとしてのメカニカルSEも、FAコンピュータSEも殆どいない状態からのスタートでした。前者のロボット応用の人材は、名電内の設備を担当する工機・工具部門のエンジニヤに依存せざるを得ないため、ロボット製造部にお任せし、FASECの人材養成は専ら、後者のFAシステム側を担当することにしました。
それにしても、人材がいない事で悩んだ末、上司のY部長に懇願して、次の3点を実現して陣容が整い、「FASEC」の体制が整いました。
01)FASECの中核SE1名を確保し、SE養成の核にしたい
かつて、姫路製作所の「三菱のワンボードシーケンサ」の製品化を、「トヨタの電子あんどん」の案件で仕掛けてくれました‘N’くんを是非に貰い受けたいことをお願いし、実現して頂きました。
参照:08年1月15日更新;『「MELSEC」の黎明史―Ⅱ』
02)新人採用のお願い
新人を2~3名確保し交換条件にしないと、ベテランSEの獲得が難しい。それが適わなくても新人を実務訓練して育てたい。そのための新人技術者を獲得して頂きたいとお願いし、その年の新人3名をまわして頂くことを実現でき、更に翌年も2名採用いただきました。
03)販売SEへ転換をさせたい名電の技術要員を数名受け入れたい
当時の経営状況から比較的に獲得し易い面もありましたが、モータの設計者、NCの営業部門に駐在していた技術者、制御盤の設計者などのベテラン技術者を確保出来ました。何れにせよ、ロボット、FAの分野は、顧客が先進的な製造ラインの変革を図ろうと意図しており、これらのメンバーが即戦力として期待することは無理でした。顧客対応で、自分の後ろは誰もいないと言う、辛い思いをさせたのではと思いますが、それ相応に頑張っていただき、今日の活躍の場があると、安堵しています。
この様にして、人材が確保され、「FASEC」体制が動きはじめました。
そして、58年11月の大阪見本市で、三菱電機のメカトロ事業部の「MELFAロボット」は、単体製品ではなく、生産ライン・セルシステムの中核作業を担うものである。従って、工場の生産情報・データと連携してロボットシステムを制御しなければならない。そのための情報・制御を担うFAコンピュータ/コントローラの必要性を認識し、システム開発を取り組んでいることを、見本市会場のセミナーで講演し、三菱ブースで、自動車組み立てロボットラインのデモをやって見せました。
その後、社内で産メカ事業部はFAコンピュータ/コントロールシステムの販売の主幹事業部と取り決められ、製品ブランド名を、OA用コンピュータ;OfficeLandと双対にして、工場用コンピュータ;FactoryLand-S1,C1と命名されました。このようにして、名電とコンピュータ製作所とで共同開発する段階に入りました。
このMELFAロボットとFactoryLandの製品化の意義は、従来のメカトロ(放電・レーザ加工機・溶接機・ロボット)・コントローラの単体販売事業から、FAシステムコンポーネント販売事業への領域拡大を目指したことだと思います。しかし、今、振り替えると、理想に走りすぎた嫌いもあり、必ずしも成功したとは言えませんでした。
そして、その頃、私は、Yロボット部長に随行して、既に6製作所が、競い合うように製品化していましたロボットの製造工場の視察と、各製作所の幹部と販売戦略を協議するため、巡回しました。