各製作所のロボット事業の消長と私見
6製作所のロボットは、それぞれの担当製品の市場動向から、ロボットの将来性を睨み、製品化に取り組んでいました。その来歴とその後の「MELFAロボット」事業の消長を、私見と反省を込めて要約します。
01)相模製作所:超小型垂直関節ロボット;
「ムーブマスター」と命名し、その頃、既にテレビに出演し踊ったりしていた人気商品で、三菱電機のイメージアップに貢献していました。この工場は、もともと電気素材・OA機器などの小型メカトロ部品の量産を得意としておりました。ムーブマスターの関節部品からすべてを自製して製品化しておりました。
このロボットは、いわば卓上のホビー的商品で、FAロボットの範疇とはせず、従来のチャネルで継続することになりました。しかし、三菱の体質に合わなかったのか、玩具市場までの参入には至らず、姿を消してしまいました。かつてのマーケティング担当として、心が痛みます。
02)福山製作所(山電):小型水平関節ロボット;
NFブレーカ、電力計などの量産工場で、自工場の専用自動組み立てライン用のロボットとして、開発実用して製品化されたロボットです。競合メーカのひしめく中で、「MELFAロボット」で量販を目指し、善戦しましたが価格競争に陥り、私の提唱した‘FAコンポーネント’としての売り込みの旗印では、息切れし、名電へ集約される結果になりました。
03)名電:アーク溶接用垂直関節ロボットと中容量水平関節ロボット;
当初、名電の溶接機は「クリーン・マグ」というブランド製品でした。その得意市場へロボットを販売しましたが、ロボットの需要が、自動車製造などのスポット溶接へ移行し、大型化して行き、ロボット本体の勝負の市場に変化しました。その市場の変化に遅れをとったことは否めません。
一方、水平関節ロボットは、やはり自工場での応用から始まりましたが、山電と同様に苦戦しましたが、何とか量を確保していました。名電は全社のロボット事業の基幹製作所として、順次他の製作所のロボットを集約して今日に至りました。
04)稲沢製作所(稲電):大型水平関節・直行座標型ロボット;
エレベータ・エスカレータ工場用として実用化したロボットを、販買しました。その中で、半導体・液晶などの工場向けの「クリーンロボット」に特化し、新たな市場を拓きました。最近では、液晶パネルの大型化に対応するため、大型クリーンロボットも手掛けています。
05)福岡製作所(岡電):大型垂直関節ロボット;
当時は、電動ホイスト、ギヤードモータ、水中モータなどの重量製品を製造しておりました。その背景の中で、重量物ハンドリング用途に特化し、動作の融通性を重視し、垂直関節ロボットを製品化しました。量産効果が出せずコスト競争に苦戦していましたが、岡電の半導体工場化の構造改革に伴い、長崎製作所(長電)へ移管集約されました。
06)長崎製作所(長電):大型直交・垂直関節高機能ロボット;
長電は重電製品の基幹製作所で、技術陣が豊富で、個産的製品で勝負するタイプの工場でした。その特徴を生かして、高機能大型ロボットで、溶接などの分野を狙いました。長電の分社化の構造改革に伴い、名電に移管されました。
以上の様に、6製作所のロボット事業の消長は推移しましたが、前々回ブログで述べました様に、“産メカ事・ロボット部で、‘先発キャッチャー’として、6製作所の‘ピッチャー’が投げ込む‘ボール(ロボット)’を捌く役割”を、83年4月から2年半果たしましたが、それから25年経った今日、ロボット事業への貢献はあったのでしょうか???
昨今、ロボット見本市などでスポット溶接ロボットのビジネスが隆盛しているのを目にすると、 “当時、私はキャッチャーとしてボールの返球の失策を犯したのでは?”と疑念が湧き、苦い思いがします。
それは、某自動車メーカへ、スポット溶接用のロボットとして岡電の大型垂直関節ロボットを売り込みに行った時の事です。顧客の担当技師の方が、“このロボットへのオフライン・ティーチングを、「CADデータ」を使って簡略化したい”という要求です。当時、ボディー溶組みラインでは、各ロボットが担当する溶接点をラインオフして、現物ボディーで全点ティーチングしていました。その手間を省くため、基準点のみを現物ティーチングし他の溶接点をCADデータから割り出したいという事でした。早速、岡電ロボットを顧客へ持ち込み、実測実証試験を行いました。その結果、ロボットの姿勢により、CADで割り出した空間座標点は、関節ガタが集積して誤差が出ることが判明し、断念して失注しました。もっと社内の技術を動員し、粘ったら成功したかも知れない!と、スポット溶接ロボへの進出機会を逸した悔しさが蘇ります。
私としては、この期間それまでと全く異なる立場で思いっきり活動する舞台が与えらた経験は貴重であったと感謝していますが、貢献としてば、その時代、“若者のロボットへの憧れ”が多くの新入社員を惹き付けたことと、在来機種のベテランがFA事業へ職種転換して活躍する場が拓け、多くの人材が“現在のFA事業を支えている”ことでしょうか?