MPUが製造システムの進化を起爆した

前回のブログで、杉山氏は、MPUの応用開発時代の‘申し子’の様に、幕開けとともに舞台に登場し、遺憾なく力を発揮し「FA事業の草創期」でMPU応用の技術基盤を確立されたと述べました。

70年代初期の時代、MPUが製造システムに応用され始めたころは、まだ‘FA’という言葉はなく、‘オートメーション=自動化/無人化’とか、大規模なシステムについては‘IA=インダストリアルオートメーション’と称されていました。80年代に入り、日本の製造システムが世界に認識されるようになって、和製英語の‘FA’が世界に通じる様になりました。このことは、07年9月10日のブログ;「現場の作業者の『FA-IT』武装のすすめ」で述べましたが、この様になったのはMPUの出現と進化が大いに貢献したのです。コンピュータの集中直接制御(DDC)から、MPUの活用により自律分散制御(DCS=Distributed Control System)へパラダイムシフトすることで、日本の製造システムのイノベーションを起爆しました。

MPUが、日本の製造システムをどう変えたかを考えてみたいと思います。

それは、極言すれば、製造設備の操作論理をワイヤードロジック(HW)で構成していたものからソフトロジック(SW)で構築出来るようになったと云うことです。

60年代「胎動期」では、EDP(Enterprize Data Processing ) に接続されたプロセスコンピュータによるDDCが素材産業とか化学プラントなどの大規模製造設備の自動化システムに採用され、この分野の生産性は向上し世界に伍していけるまでに発展しましたが、もう一方の加工組立産業分野では、設備機械が多様で、人手も入り、DDCは規模・コスト面から適用されませんでした。そのため、EDPとMRP(Manufacturing Resource Planning)が汎用コンピュータの中で連携し、‘Planning’の文字通り、生産計画をバッチで一方的に製造現場へ流し、小日程計画レベルのバッチでフィードバックする方式にならざるを得ませんでした。製造現場ではICロジックとパワートランジスターによる電子制御装置(HWの産業エレクトロニクス化)とリレーシーケンス(ワイヤードロッジク)との組合せによる設備機械の自動化は進展しましたが、現場の状況の「見える化」と「改善活動」への融通性は不充分でした。

そして、70年代に入り、MPUが現れ、ハード・ソフトのモジュール化が一挙に進み始めました。コントローラハードは、モジュール化し多様な組合せを可能にしました。コントローラメーカの基本機能ソフトはMPUの組込みSW化され、ユーザソフトは扱い易いプログラマブル化が進みました。即ち、HWとSWを分離するシステム・アーキテクチャーのパラダイムシフトが起こりました。その結果、MPUを初めとする半導体部品は大量に使われ、量産化で低価格化・コモディティ化するという相乗効果が生まれ、ますます半導体部品の集積度は上りコントローラHWはコンパクトに高機能の盛り込みを可能としました。さらに、コントローラメーカが開発する組込SWは高度化し、ユーザの使い勝手を追求した高機能化とプログラマブル言語・POL(Problem Oriented Language)を提供し、ユーザが手軽にプログラムすることを可能にしました。その結果、ユーザ自身がもつ製造知識・ノーハウをプログラム作成できる人口が飛躍的に拡大し、所謂‘大衆化’していきました。

70年後半で、MPUにより、計装メーカではDCSが発展し、計装分野でプロセス制御する多様なコントローラが製品化されました。

同じく、三菱ではクレーン搬送機械制御用CLP―Nシリーズが製品化され、自動化制御システム販売として、重電事業部門経由で販売納入しておりました。一方で、シーケンサーの単体販売市場が勃興し、三菱も汎用シーケンサー[MELSEC]を機器販売チャネル(NFB、電磁接触器・リレー、配電変圧器など産業用機器販売担当)で販売参入すことになりました。その設計部門は、私が担当する盤設1課が行うことになりました。
参照:07年12月25日更新のブログ;「三菱シーケンサー『MELSEC』の黎明史」

上記参照ブログにある様に、下水道プラント用に開発したシーケンサーを転用して、78年に初めて機器販売店ルートで、小型シーケンサー‘MELSEC―008’を発売しました。このCPUに初めてMPUを採用した画期的なものでした。この製品開発の担当は、盤設1課の自動化Gリーダで、初期のCLP(N形シーケンサー)の開発者でもありました‘Naさん’でした。重電部門の神戸製作所からは後々の語り草となるほど、好評でしたが、機器ルート販売ではそうは簡単ではありませんでした。

一例を上げますと、私も販売促進で、東京の下町の‘盤屋さん=制御盤組立会社)’へ入口のドブ板を渡り、PR訪問しました。この製品のI/Oユニットはコネクター方式なので、盤の端子台とコネクターを繋ぐハーネスをオプション部品として持参して、一喝されました。“ワシとこは、盤の配線数で商売してるんヤ!そんな事が分からんのか!”と、今まで私が相手にしていた重電の顧客とは全く違うのだと、衝撃を受けました。

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