現場での失敗から学ぶ実学
01)NKK(扇島)プロジェクトの教訓
NKK(扇島)クレーンの暴走案件は一件落着しましたが、その発生のメカニズムをつらつら考えました。プリント基板が酷寒のクレーン上の電気室に放置された状態から、電源を入れ、ウオームアップせずに、即刻、走行位置決め制御を始めると、ICパッケージの中とP基板の半導体回路に電流が微細なパターンに局部的に流れ、部分的に回路が急激に温度上昇し半導体特性にアンバランスが生じる現象は、‘急冷剤’を吹き付けたのと同じ状態が起こっているのだと気付きました。開発部の恒温室の再現試験での温度変化とは比較にならない急激な変化が起こっていたのでした。
当時、盤設課長であった私(入社約15年)が、工場と現地と大騒動させて、P板の大改修と電気接続の総再点検を実施した挙句に得た貴重な教訓でした。
02)NKK(福山)の岸壁クレーン現調での教訓
上記の01)に類した失敗が、駆け出し設計技術の私(入社約5年)にもありました。NKK(福山)の岸壁クレーンの現地調整に出張していました。クレーンの配線工事が完了し、巻上げ用誘導電動機の速度制御用可飽和リアクトルの制御巻き線に接続されたサイリスタ点弧制御装置の出力電流チェックを始めました。何度もサイリスタをフル点弧させてもリアクトルの制御巻き線に電流が流れません。そこで、そのリアクトルの制御巻き線が断線していると断定し、2号機搭載の可飽和リアクトルと交換することになりました。重量1トンあまりのリアクトルを工事用クレーンで大騒動して1号機へ取替えて貰いました。そして、再トライしたところ、全く同じ現象です。如何したものかと考えあぐね、茫然自失していました。そうこうしていたら、立会いされていたNKKの保全の方が、“佐竹さん、可飽和リアクトルの制御巻き線の並列抵抗器(制御盤内取付)一本が断線しているよ!”と叫びました。リアクトルの制御巻き線はリアクタンスが大きくサイリスタの脈動直流電圧では電流が流れ難いのです、その為に並列抵抗器を取り付けているのです。判ってしまえば当たり前のことですが、そこまで自分の考えが及ばず、大失態をしてしまったのです。その抵抗器は1kgにも満たないもので、その場ですぐに取替え、正常に動作するようになりました。私は平身低頭して謝り、大変なご迷惑をかけ工事業者から賠償が迫られることを覚悟しました。しかし如何したことか不問に付されたのです。その保全の方が若手の技術者が顔面蒼白になっているのを見かね、教育的温情からか? “リアクトル交換で復旧できた”と内部報告されたのではないかと推察し、「地獄で、お目こぼし」を頂いたことを忘れることが出来ません。60年代半の頃で、ユーザのベテラン保全技術者はおおらかでした。
この2つの現場での失敗から学んだ実学は、理論から学んで頭でっかちの技術者にとっては、現場で問題に遭遇しないと本物の技術が身に付かないという事です。工場で試作試験をやってきた5年選手としても不充分であるし、現場の報告を受けて判断を下すプロジェクトリーダの立場になっている15年選手でも不充分であると言うことです。
これらの事例は、一般論として、技術者は、‘失敗を恐れるな!’という言葉に勇気付けられ、自分の見えている範囲で、勝手な論理で判断し間違いを犯すことがありますが、その失敗を身に沁みて感じ、それを‘糧’として、その後のチャレンジに際しては、起こりうる状況を視野広く周到に対策して臨み、実行した結果、不幸にして失敗した場合も、その原因を反省する中で多くを学び、次に生かして、スパイラルアップの成長を遂げていくのも事実です。
70年代後半のCLP-Nシリーズ時代では、μPシステム開発がNKK(扇島)プロジェクトと、幾つか同時進行し、盤設課と品質管理担当の技術者達は、奔走し多忙を極めました、利益貢献は今一でしたが、新技術の試行錯誤から学んだ実学は、その後大いに役立ちました。
上記から私の云いたいことは、私の過去の失敗と成功を回顧しているのではなく、この様な製造設備制御の応用システム開発は、国内産業の勃興期のよき時代で悠長な実学訓練でした。これを現在のグローバル化、少子高齢化の時代の条件下でも、実学が大切であることには変わりはありません。如何にして日本の製造業の優位性であった『和魂FA』を継承し強化するかが喫緊の課題です。それには、実学の質・量・スピードをこなすためのITが不可欠です。日本は未熟とされている『洋IT』を手中の道具としなければならないと云う事です。