FA事業の“草創期”の波乱を乗越えて

1973年に端を発した第一次オイルショックは、鉄鋼業界でも大型投資の需要は急激に減退しました。このプロジェクトも一時続行が危ぶまれましたが、NKKの京浜地区から扇島への移転は、既定方針として実施されることになりました。結果として、NKK(扇島)プロジェクトは76年に受注に成功しました。引き続き、つめの仕様打ち合わせとして、建設本部との打合せから、受注決定したクレーンメーカとの打合せへと忙殺されました。それから一年有余経った78年の1月から、試運転の現地調整が始まりました。

01)初号機からの現調で再現不能なトラブル発生
クレーン走行の暴走が起こりました。走行の自動位置決め制御が脱調し、走行路の終端まで惰行するのです。設計者も送り込み原因追求をしましたが、何かのきっかけで突然起こり、再試行すると再現しない現象です。初期段階は頻発せず、操作ミスかと甘く見ていましたが、他の号機でも起こるようになりました。最初に疑ったのは、走行のシンクロリゾルバーのA/D変換の誤動作でした。当社の相模製作所が担当する位置検出システムでした。同所の技術員が現場へ出張し、散々試運転しましたが、再現しませんでした。そこで全装置を取り外し、工場へ持ち帰り厳重な再検査を行いましたが、そこでも異常は見つかりませんでした。

名古屋製作所の方でも、開発部の大型恒温室にCLPを盤ごと入れて-10℃から+60℃まで変化させ再現試験をやりましたが、出ません。そのうち建設本部長まで報告があがり、“量産品しかやっていない名古屋製作所に任せたのが、まずかった! 三菱電機の総力を挙げて解決すように!”というお達しが出て、大問題となりました。

02)原因の追究と補修作業の実施
原因として想定されるのは、何らかの外的要因(温度or振動)が絡んだ時に発生する誤動作と考えました。A)温度については、相模、名古屋ともに工場で高-低温試験をしましたが、念のため温度上昇でノイズマージンが低下する回路・部品の設計品質に立ち返り再点検を行うことと、B)振動による電気接続が接触不良になりうる箇所がないか現物確認の2つを追求しました。

A)温度要因のノイズマージン低下箇所の点検と補修
先ず、図面と主なP基板を持って、伊丹の応用研究所へ行きました。そこでノイズ対策で博士号を取得された「ノイズ博士のNさん」がコンピュータ製作所におられることを知りました。その足で、鎌倉へ引き返しNさんを訪ね、教えを乞いました。“コンピュータのP基板では、兎に角‘0’レベルの配線パターンを太くして、制御回路パターンをシールドするため、取り囲む様にパターン設計をしている。”と教えられ、μPのP板ではそこまでしなければいけないのかと、絶句しました。現在のP板を作り直す時間も許されないので、現在のP板の0レベルを太いジャンパー線で補強しようと決意しました。工作課の半田作業のベテランを派遣してもらい、私が現場事務所で陣頭指揮して、号機ごとに実装されているP基板を外し、補強作業を実施し、1日で復旧作業を強行しました。その折に、私は改造箇所の検査を、ルーペを使って行いました。ついでに、P板のB)の問題の除去のために、半田の乗りが悪い箇所がないかも点検し、その場で半田補修も行ってもらい、万全を期しました。

B)不完全電気接続の総点検の実施
クレーン上では、制御盤の内外端子の接続、外部設置検出器・伝送装置の端子接続をクレンメーカと共同で総点検を実施しました。

当時、現場調整スケジュールに入っている数台のクレーンについて、上記A),B)の総点検を同時進行で実施し、さながら、多人数で戦場のような慌しさで、1日でやり遂げ、各クレーンとも修復後の試運転を実施し、誤動作は起こらず、正常に復帰したことを確認しました。

当日は、一種の達成感を味わいながら、ホテルへ引き上げました。

03)それでも解決できない地獄の中で、救いの「一言」
季節は2月に入り厳寒の冬になっていました。翌朝、凍てつく現場へ出勤し、クレーンの制御電源を入れ、調整作業に入ったところ、無情にも同じ異常が再発しました。暗澹たる気持ちで、名古屋の制御盤設計(盤設)課の部下へ今朝の再発状況を電話し、そちらでも恒温室で、高低温に振って、ノイズ試験を再開し、思いつくことを何でもテストしてくれと頼みました。私は正常に戻ってしまったクレーンに戻り、万策尽きたかの思いの中、品質管理の出張者が現地調整に携行している小道具‘急冷剤’を何気なく持ち出し、CLP盤のあちこちに吹きつけていました。するとクレーン暴走が起こりました。しかし、この様な急冷現象が自然界で起こるはずがない、無理やり起こした現象であると思い込みました。

その日のNKKの関係者との進捗会議に出席し、前記の改修とその結果の一部始終を報告しました。この報告を聞いて、NKKの保全担当の方が、“そう云えば、現場のプロコンは、帰る時に電源を切らないよネ!”と救いの「一言」を呟いてくれました。その日から、クレーンの制御電源を入れっ放しにしました。それ以来、暴走は起こらなくなりました。

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