製造業の「知」の総力戦、どう戦うか - Ⅱ
前回までのブログを敷衍すると、かつてドイツが産業革命でとった工業力の未来を見据えた方法論は、「誰にでも作れるようにすることを優先する」探求にあった。そして、スキルの世界と決別し、テクノロジィーの世界を確立させた。一方、日本は戦後、追いつけの一念で欧米の工業力を見習い、力をつけてきた。それを支えたのは現場で働く団塊の世代であった、彼等の多くは、技能職として永年勤続し、企業への帰属意識が高く自ら技能を磨き、後輩の育成にも貢献した。結果的に、技能職が現場の改善を主導し、職場の集団活動としてのDQCを高め、20世紀までの高度成長を成し遂げた。その背景には、“日本人はテクノロジィー(技術)とスキル(技)との領域を曖昧にして「技術」と称して、共生させて”工業力を高揚させた。産業革命以降で、世界で唯一、特異な製造力観「和魂FA」をもつ国となった。
前回のブログにあった仲森記者のつぶやきで、“現代まで生き延びてきた工芸品のありようが、私たちに何らかの示唆を与えてくれるのではと思うのである。日本的心情に適った何かを。”が、私の心に引きかかった。
わが国が半世紀に亘って培ってきた製造力優位を造った「和魂FA」をWeb時代にかなった「洋IT」でイノベーションさせ、かつてドイツが決別した「スキル」を再び共存させて、「誰にでも作れるように」ではなく、「ものづくりの心を持つ者は誰でも優れたものが造れる」という未来の工業力のあり様を見据えて、確立できないものかと思うのである。
この「洋IT」を駆使については、これも前々回のブログで引用した森田正規氏の記事、「技術継承のカギは個別性;時代にあった自社流で」に幾つかのヒントになる記述が潜んでいると思われる。
下記に、その部分を掲げIT活用の観点でコメントすると
| 01) | 「技能者の育て上手が、まさしく技能の継承のコツ」である。技能はひたすらよく見て、‘盗むものだ’は間違いであり、良い職人は育て上手でなければならず、また、学ぶ側の真剣に学ぶ気持ちがあってこそ応えるのだと説いている。 | ||
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| 02) | 技能には、‘身体制御能力’と‘問題解決能力’があるとの認識が重要である。優れた技能者は、腕で覚えた能力と頭を使って状況を巧みに適応する二つの能力を持っている。 | ||
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| 03) | 技術を支える技能こそ、日本のものづくり力の源泉である。これを如何に再生するかが益々重要である。技能には時代と共に変わる面があり、業種によっても重要度合いが異なる、形式知化できる程度も異なり、身体制御から問題解決へと比重も変わってくる傾向がある。 | ||
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前回のブログの冒頭で、日本のITの活用は、いわば定型業務の業務プロセスの用途に留まっている、いまや欧米、急進する新興国では、いわゆる非定型業務の知識活用面で、個人の能力依存から組織能力へと転換を図るナレッジマネージメントシステム(KMS)を駆使しており、日本企業はグローバル競争で格差をつけられていると言われている。
このKMSソフトは、やはりホワイトカラー用途に開発された欧米生まれのもので、日本にも移入されて使われ始めている。しかし、KMSを導入した企業では、最初はトップダウンで現場へナレッジの登録と利用を促進する事務局をおいて華々しくスタートするが、そのうちナレッジの蓄積の努力が報われないと、登録・参照の活発さに組織や、個人に差が出始め、やがて形骸化の危機に陥る。この点が従来の定型業務で全員がデータ入力するように厳しくフォローすることで効果が定着していくのと全く異なる性質のようである。この事態に陥り易いのは現場の技術、技能に関する知識処理も共通である。つぎの紹介する資料は、事務系の知識処理であるが、製造知識の処理の進め方の参考用として掲げる
参照: アクト・コンサルティング(取締役・経営コンサルタント 野間彰);意思を持って知識活用を加速する「ナレッジ・エボリューション・マネージメント」の勧め