これからのFAコントローラのあり方- Ⅰ
昨年12月17日更新の表題; 『見える化』の原点を振り返る- Ⅰで、25年越しのお付き合いをしているスウェーデンのBE社の前社長、G氏が、最近名古屋に来訪され、歓談し、過去の思い出話から始まり、これからのFAコントローラのあり方についても議論したと書きました。
このテーマに入る前に、12月25日~1月28日の4回のブログを通じ、少し寄り道をしました。25年前、日本の製造業でも『見える化』の取り組みが始まり、これに呼応して、プログラマブルコントローラ(PLC)も発展してきました。この黎明期、草創期のことがらを三菱のシーケンサーの挿話をかりて書いてみました。それがどうして今日の『見える化』に繋がったのかの私の結論を1月28日のブログに、“PLCは、「機械と人をつなぐ=自働化」を推進するツールとなる道を辿ってきたと、私は確信したのですが、皆さんは???”と、結びました。
黎明期のPLCは、有接点リレーで組んでいたラダーシーケンスを単にプログラマブル化したものと、私は思っていました。機械制御の設計者が作成したシーケンス図面の動作プログラムをその通り自動反復させていました。チャップリンのモダンタイムズの「オートメーション」の光景は、人間にはお構いなしに機械は自動運転され、人間はその周りで雑用する役割であると風刺されていました。従って、設備は出来るだけ‘無人化するのが人間にとっては幸せである’という考えが一般的でした。当時、私自身もシーケンスの設計者として無人運転する複雑なシーケンスをリレーで作り、度々の設計ミスを犯し、現場をウロチョロしなければならなかったのが、このPLCの出現で、シーケンステストする技術者(作業者も含む)自身がプログラムを打ち込みデバッグし、手軽に修正・改善してくれるようになりました。ひいてはPLCのお陰で、設計と現場(メーカとユーザとも言い換えられる)の壁が取り払われ、現場に精通したユーザの人達が、自分でPLCを使いこなすようになり、いわば大衆化し‘汎用シーケンサー’と呼ばれるようになりました。その後、単なるシーケンス機能だけでなく、現場サイドから、色々な便利な機能ユニット・ソフトの開発を提案してくれるようになり、所謂‘インテリジェント’機能が充実してきました。その結果、機械が人間に、運転状況などをタイムリーに知らせたり、人間の指示で、データを収集したりするコミュニケーションが取れるようになり、人間と機械との‘人にやさしい’従属関係が復活し、現場の使い手の知識・知恵が機械を使いこなす‘FAコントローラ’と称される、今日に繋がったのだと思います。
ここで、遅ればせながら、主題のG氏との“これからのFAコントローラのあり方”の話にしたいと思います。
議論の中で、G氏が言いました。“日本は、自動車のカーナビで、すばらしい機能を開発し続けている。PLCは、そのソフト資産を利用すべきではないか?”という話から始まりました。作業者が、無駄な作業とか、作業ミスをした場合、カーナビの様に、「○△が間違っています!」と指摘・警告するようにしたらどうか、と言うのです。その瞬間に、私の原体験、スウェーデンの自動車メーカ(ボルボ)で実用されていた『見える化』システムの光景を思い浮かべました。それは、当時スウェーデンの製造業では外国から多数の出稼ぎ労働者を雇い、製造現場で効率よく活用するためのツールとして発案されたものであった事です。
私は、“なんだ、全然、前の発想から変わっていない!”と思いました。そこで、私は「機械と人をつなぐ=自働化」について話しました。日本の製造業が得意とする現場改善の「PDCAサイクル」を速く回す「リアルタイムPDCA」の『見える化』を目指すもので、機械動作を人間の経験と知恵で、操業しながら改善出来るツールとして進化すべきだと説きました。するとG氏は“日本で盛んに実用化されている「人にやさしいロボット」の技術を導入することか!”と、納得しました。少々、議論が噛み合いませんでしたが、欧米流の思考は、依然として階級社会のなかの個人主義で成り立っており、日本と全く異なる文化であると、今更ながら実感しました。
そして、「日本の工業力はプロセスの上流から下流に至るまで、各段階で人が介在し、統合的に生産技術を練磨してきた」という価値観を再認識し、これを基盤にして、「グローバル市場でどう戦うかを再考」しなければならないと思いました。